鳴梁海戦

鳴梁海戦（めいりょうかいせん）

鳴梁海戦は、鳴梁渡海戦とも称され、文禄・慶長の役における重要な局面として、慶長二年（1597年）9月16日（和暦）に発生しました。この戦いは、朝鮮半島西岸の鳴梁海峡（現在の全羅南道珍島と木浦の間に位置）において、李舜臣（イスンシン）率いる朝鮮水軍と、豊臣秀吉の軍勢である日本水軍との間で戦われました。韓国ではこの戦いを「鳴梁大捷（ミョンニャンデチョプ）」と呼び、李舜臣が寡兵をもって日本軍に勝利を収めた輝かしい戦果として国民的に高く評価されています。

戦いの背景

文禄の役後、日本と明の間で進められていた和平交渉は決裂し、豊臣秀吉は朝鮮への再征を決定しました（慶長の役）。この戦役における日本軍の主要な作戦目標は、全羅道を徹底的に制圧し、さらに忠清道へ進撃すること、そして作戦完了後に慶尚道で拠点となる城（倭城）を築き、一部の部隊を残して帰国するというものでした。

朝鮮水軍は、文禄の役で李舜臣の指揮のもと日本水軍に打撃を与えるなどの戦果を挙げていましたが、讒言によって李舜臣が解任された後、後任の元均（ウォンギュン）が指揮を執った漆川梁海戦（慶長2年7月15日）で壊滅的な敗北を喫しました。この大敗により、朝鮮水軍の残存兵力は大型船わずか12、3隻という極めて劣勢な状態に追い込まれていました。

一方、日本軍の主力は5月から6月にかけて朝鮮半島へ渡海し、陸上部隊は全羅道へ向けて進撃を開始していました。漆川梁海戦で朝鮮水軍をほぼ無力化した後、陸軍は全羅道の南原城や黄石山城を相次いで陥落させ、全羅道の中心である全州を占領しました。全州での軍議を経て、日本軍は陸軍を三手に分け忠清道へ進攻させるとともに、一部は全羅道に戻って未掃討地域を掃討し、これに呼応して水軍も全羅道沿岸部を西進するという方針を決定しました。

9月中旬には、日本軍による全羅道掃討作戦は最終段階に入り、残るは南部の地域のみとなっていました。当地における明・朝鮮側の戦力は、右水営（全羅道水軍の拠点）にいるわずか10数隻の朝鮮水軍のみでした。朝鮮側では漆川梁海戦の壊滅的打撃を受けて、再び李舜臣を三道水軍統制使に任命していましたが、戦力的な劣勢は明らかでした。このような状況下で、日本軍は陸軍が全羅道南部で南進を続け、水軍が沿海部を西進し、水陸両面から鳴梁海峡方面へと迫っていたのです。

戦闘の展開

慶長2年（1597年）8月下旬、日本水軍の船手衆（水軍部隊）の一部、藤堂高虎、加藤嘉明、脇坂安治、来島通総、菅達長らが全羅道沿岸を西へ進みました。先鋒部隊は9月7日に於蘭浦沖に到達しましたが、碧波津に布陣していた李舜臣の朝鮮水軍が出撃すると、戦わずに立ち去ったため、追撃はできませんでした。朝鮮水軍は先の海戦で大損害を受けており、兵力は大型船が12、3隻しか残っていませんでした。後続の日本水軍の集結を知った李舜臣は、より有利な地勢を求めて鳴梁渡へ一旦退き、さらに9月15日には右水営沖へ移動しました。鳴梁渡は珍島と本土の間の狭い海峡で、潮流が極めて速く、航行が困難な場所として知られていました。

9月16日、日本水軍は敵主力が近くにいることを知り、捕獲を図ります。海峡の危険性を考慮し、全軍の中から関船（中型船）数十隻（朝鮮側記録では130隻余り）を選抜して鳴梁渡へ向かいました。これに対し、朝鮮水軍は大型船（板屋船）わずか12、3隻（後方には避難民の船百隻があったともされる）で迎え撃ちました。戦闘が始まると、当初、他の僚船が退いてしまい、一時は李舜臣の乗る旗艦ただ一隻が孤立し、日本水軍の前に立ちはだかる状況となりました。しかし、旗艦の奮闘ぶりは他の朝鮮水軍の士気を鼓舞し、僚船が次々と戦線に復帰しました。

この海戦では、鳴梁海峡の速い潮流が戦闘に大きく影響を与えました。日本水軍は潮流に押し流されて互いに衝突したり、密集したところに朝鮮水軍からの集中砲火を浴びました。日本水軍側では、先鋒を務めた来島通総以下数十人が戦死し、藤堂高虎が負傷するなど少なからぬ損害を受け、数隻の船が沈没しました。毛利高政も海に落ちましたが救助されています。当時の日本水軍は敵船に乗り移っての白兵戦を得意としていた一方、朝鮮水軍は大型船に搭載した大砲による砲撃戦を主としていました。船の構造も異なり、日本船は速度に優れるV字型船底でしたが外洋に不向きであり、朝鮮船は安定性の高い平底でした。当時の日朝両国の国力や技術力には大きな差はなかったとされています。

海戦後の推移と評価

朝鮮水軍の損害はこの海戦では比較的軽微だったとされていますが、圧倒的な兵力差は明らかでした。日没が近づくにつれ、朝鮮水軍は急速に退却を開始し、その日のうちに唐笥島（タンゲソム）へ後退しました。日本水軍は水路に不案内だったため追撃は行わず、翌日には戦場を確認しましたが敵船は既におらず、朝鮮水軍は遥か遠方まで退避していました。朝鮮水軍はその後も北上を続け、約170km離れた古群山島（コグンサンド）付近まで後退し、日本水軍が引き揚げるまでそこに身を潜めていたとされます。

朝鮮水軍の退却を受けて、日本水軍は鳴梁海峡を制圧し、朝鮮水軍の根拠地であった右水営を占領しました。さらに海峡を突破して全羅道西南岸に進出し、陸軍と連携してこの地域を制圧し、姜沆（カン・ハン）などの捕虜を得ました。これにより、日本軍の陸海部隊は当初の作戦目標であった全羅道全域の掃討作戦を完了しました。日本軍は10月に入ると、次の作戦目標である倭城構築のため、各方面へ移動を開始しました。

日本軍が去った後、朝鮮水軍は10月8日になって右水営へ帰還しましたが、根拠地は日本軍によって破壊されていました。李舜臣は古今島（コグムド）に根拠地を移し、水軍の再建を図りましたが、次に積極的な作戦行動をとるのは1年以上後の順天城の戦い以降となります。

現代の韓国では、この海戦は李舜臣の指導力によって日本軍に大勝した「鳴梁大捷」として高く評価されています。しかし、この戦いの評価にはいくつかの側面があります。李舜臣の「乱中日記」には日本軍の船30隻に損害を与えたとありますが、撃沈や大破といった明確な記録や、敵軍の兵力、損害に関する詳細は記されていません。一方、日本の史料（藤堂家覚書など）では朝鮮水軍が退却したことが明記されています。現代韓国の一部では「日本軍船330隻、沈没31隻、大破92隻、戦死者8000人以上」といった主張も見られますが、当時の日本水軍の編成や規模、各史料の記述からは、これらの数字が過度に誇張されている可能性が高いと考えられています。実際の日本水軍は8000人に満たず、海戦に参加した中型船は数十隻であり、被害も先鋒部隊で数隻の沈没と数十人の戦死、朝鮮側にも転落による水死者が出た程度であったと推測されています。また、日本軍はこの海戦後も予定通り全羅道西南岸への進出を継続しており、この戦いが日本軍の西進を阻止したり、補給路に深刻な問題をもたらしたという事実は確認できません。

客観的に見れば、鳴梁海戦は、兵力的に極めて不利な状況にあった朝鮮水軍が、地の利（速い潮流）と李舜臣の巧みな指揮、そして旗艦の奮闘によって日本水軍の先鋒部隊に局地的な損害を与えたものの、最終的には兵力温存のために広域にわたって退却した戦いと言えます。朝鮮水軍の退却は、壊滅を避けるための現実的な最善策であったと考えられますが、結果として日本軍による鳴梁海峡の制圧と全羅道掃討作戦の完了を許容した側面も持ち合わせていました。

その他

この海戦で戦死した来島通総は、参加した大名級の武将としては珍しい犠牲者でした。また、李舜臣の「乱中日記」に記録されている、討ち取られた日本将官とされる「馬多時」については、戦死した来島通総を指すという説と、日本水軍の菅達長の子息である菅正陰（又四郎）を指すという説などがあります。

鳴梁海戦は、2014年に韓国で『バトル・オーシャン 海上決戦』として映画化され、大きな話題となりました。

関連作品
* バトル・オーシャン 海上決戦（2014年、韓国映画）

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