鷺娘

鷺娘（さぎむすめ）

『鷺娘』は、歌舞伎および日本舞踊において非常に人気のある演目の一つです。この演目の最大の特徴は、鳥である鷺が人間の娘に姿を変えて踊るという幻想的な設定にあります。

三つの『鷺娘』

『鷺娘』と呼ばれる演目には、歴史的に三つの異なるバージョンが存在します。

1. 宝暦12年（1762年）の『鷺娘』：二代目瀬川菊之丞が市村座で六変化舞踊『柳雛諸鳥囀』の一部として初演しました。長唄に合わせて鷺の娘を演じました。このバージョンが、現在最も一般的に知られている『鷺娘』の原型とされています。
2. 文化10年（1813年）の『鷺娘』：三代目坂東三津五郎が中村座で十二変化舞踊『四季詠寄三大字』の一部として演じました。こちらは長唄と常磐津の掛け合いで踊られました。
3. 天保10年（1839年）の『鷺娘』（新鷺娘）：四代目中村歌右衛門が中村座で八変化舞踊『花翫暦色所八景』の一部として演じました。長唄で踊られ、「新鷺娘」とも呼ばれます。

現行の『鷺娘』

現在、最も上演されるのは、宝暦12年に二代目菊之丞が演じた『鷺娘』を基にしたものです。初演後、しばらく上演が途絶えていましたが、明治19年（1886年）に九代目市川團十郎が初代花柳壽輔の振付で復活させ、明治25年（1892年）には藤間勘右衛門の振付により歌舞伎座でも上演され、現行の演出の基礎が確立しました。現在では、『新鷺娘』の曲の一部が使われることもあります。

舞台構成と演出

現行の『鷺娘』は、冬の情景から始まります。舞台には、白無垢の振袖に黒い帯、綿帽子をかぶり傘を差した鷺の精が登場します。この時、鳥の動きを模倣した所作が見られます。

その後、鷺の精は衣装を脱ぎ捨て、華やかな振袖姿の娘へと変身します。娘は恋の心情を口説き、傘を使った美しい踊りを披露します。しかし、物語が進むにつれて、娘の姿は徐々に鷺としての本性を露わにし、畜生であるが故の苦悩を描いて幕を閉じます。鷺娘が最後に息絶えるような表現は、バレエ『瀕死の白鳥』の影響を受けているとされています。

鷺娘の独創性

鷺が人間（娘）の姿になるという舞台設定は、『鷺娘』以前には見られなかったとされています。二代目菊之丞をはじめとする関係者が、このユニークな発想をどこから得たのかは、現在でも謎に包まれています。

まとめ

『鷺娘』は、その幻想的な物語、美しい踊り、そして鷺の精の悲哀に満ちた表現が観客を魅了し、歌舞伎や日本舞踊において、今なお人気の高い演目の一つです。

参考資料

黒木勘蔵校訂　『日本名著全集江戸文芸之部第二十八巻　歌謡音曲集』　日本名著全集刊行会、1929年
伊原敏郎　『歌舞伎年表』（第3巻）　岩波書店、1958年
早稲田大学坪内博士記念演劇博物館編　『演劇百科大事典』（第2巻）　平凡社、1986年
郡司政勝編　『舞踊集』〈『歌舞伎オン・ステージ』25〉　白水社、1988年
古井戸秀夫　『舞踊手帖』　駸々堂、1990年
服部幸雄編　『歌舞伎をつくる』　青土社、1999年
郡司正勝・龍居竹之介監修　『日本舞踊図鑑』　国書刊行会、1999年

外部リンク

鷺娘（歌舞伎 on the web）

もう一度検索