麦屋節

麦屋節（むぎやぶし）

麦屋節は、富山県南砺市五箇山地方、特に旧平村、上平村、利賀村に古くから伝わる民謡です。石川県能登地方にも同様の民謡があることから、「越中麦屋節」と呼ばれることもあります。五箇山地方を代表する民謡の一つであり、同じく五箇山に伝わる「こきりこ節」、そして「越中おわら節」と並んで、富山県の三大民謡に数えられています。その文化的価値は高く評価されており、1952年には「麦屋踊」が国の助成対象となる無形文化財に選定され、1973年には「五箇山の歌と踊」の一部として国の選択無形民俗文化財となりました。現在も複数の保存団体が活動しており、「越中五箇山民謡民舞保存団体連合会」を中心に、その保存と育成に努めています。

由来と歴史

麦屋節の歌詞には、「波の屋島を遠くのがれ来て」や「烏帽子狩衣脱ぎうちすてて」、「心淋しや落ち行く道は」といったフレーズが繰り返し登場し、源平合戦で敗れ落ち延びる平家一門の姿を描写しています。このことから、砺波山（倶利伽羅峠）の戦いで敗れた平家の人々が、人里離れた五箇山の庄川上流部に隠れ住み、絶望的な生活の中で鍬や鋤を持ち、麦や菜種を育てながら、在りし日の栄華を偲んで農耕歌として唄ったのが始まりとする説が有力です。平紋弥という人物が伝えたことから「もんや節」と呼ばれ、「麦や菜種は」という歌い出しが現在の「麦屋節」に変化したとも言われています。しかし、石川県の「能登麦屋節」や祝儀唄の「まだら」が元唄とする説、商人が伝えたとする説、五箇山民謡の一つ「お小夜節」の主人公お小夜が伝えたとする説など、その起源については諸説あります。

唄と踊りの種類

麦屋節には主に3つの種類があります。

長麦屋節（ながむぎやぶし）: 最も古い形とされ、テンポが非常に遅く、七・七・七・五調のゆったりとした節回しが特徴です。楽器演奏や踊りは伴いません。五箇山地方では結婚式など祝いの席で今も歌われています。
麦屋節（むぎやぶし）: 最も広く知られている形式です。基本は七・七・七・五調ですが、「文句入り麦屋節」と呼ばれる字余りの歌詞もあります。これは1909年（明治42年）に皇太子（後の大正天皇）の来県に際し、長麦屋節を速いテンポにし、三味線などの楽器を取り入れ、笠踊りが考案されて生まれたものです。民謡ショーなどで使われる「じゃんとこーい」といった合いの手は、五箇山や城端の正調麦屋節には入りません。踊りには、男性の笠踊り（黒紋付、袴、白襷、杣刀、菅笠）、女性の笠踊り（和服、襷掛け、菅笠、男性とは異なる振り付け）、そして手踊り（舞台用に振り付けられた、手に何も持たない踊り）があります。こちらも祝いの席などで歌われます。
早麦屋節（はやむぎやぶし）: 最も軽快で速いテンポの形式です。農作業着に手ぬぐいを被った女性が、甲斐甲斐しく働く様子を表現して踊ります。庄川の流木人足相手に、テンポを上げて演奏されたものが変化して生まれたとも言われています。

また、五箇山地方の小谷（おたに）地区には、早麦屋節の元唄とされる「小谷麦屋節」が伝わっています。これは、明治初期に倉のおのうという目の不自由な女性（後に瞽女となる）が歌い始めたとされます。

小谷麦屋節本踊り: 早麦屋節の元唄とされ、歌詞とメロディーは同じですが、テンポは早麦屋節よりかなりゆっくりです。女性のみが踊ります。
小谷麦屋節: 本踊りよりテンポは速いですが、早麦屋節よりはゆったりしています。こちらも女性のみが踊ります。

麦屋節の演奏には、胡弓、三味線、締太鼓、尺八または横笛、そして4枚の竹を打ち鳴らす四つ竹などが使われますが、尺八や横笛は常に使用されるわけではありません。

城端地区への伝承

南砺市の城端地区にも麦屋節が伝わっています。これは1926年（大正15年）に五箇山から伝授されたものです。城端は、かつて「陸の孤島」とも呼ばれた五箇山にとって、生糸、和紙、炭といった産物を運び出し、米や生活物資を手に入れる最も重要な交易相手でした。細い山道を越える五箇山街道を通じて、両地域は深く交流していました。1925年（大正14年）、東京で開催された全国郷土芸能大会に五箇山の麦屋節保存会が出演し、日本の七大民謡の一つとして紹介されました。その帰路、城端の劇場「吾妻座」で公演が行われ、これを見た城端の若者たちが感銘を受け、「麦屋節新声会」（現 越中城端麦屋節保存会新声会）を結成し、翌年正式に五箇山から伝授を受けたのが始まりです。城端では毎年、麦屋節の新歌詞を募集するなど、独自の形で継承しています。

伝承団体と保存活動

麦屋節は、南砺市内の五箇山地方と城端地区に複数の保存団体によって大切に守られています。五箇山地方には、100年以上の歴史を持つ越中五箇山麦屋節保存会をはじめ、越中五箇山民謡保存会、利賀むぎや節保存会、小谷麦屋節保存会などがあります。これらの団体は「越中五箇山民謡民舞保存団体連合会」を結成し、協力して活動しています。地元の小・中学校や高校で民謡を指導するなど、若い世代への継承にも力を入れており、富山県立南砺平高等学校の郷土芸能部が全国大会で活躍するなど、その成果は現れています。城端地区では、越中城端麦屋節保存会新声会が中心となり、麦屋節の伝承を行っています。

関連する祭り

麦屋節は、五箇山と城端で開催される二つの祭りで披露され、多くの人々を魅了しています。これらの祭りは「とやまの文化財百選（とやまの祭り百選部門）」にも選定されています。

五箇山麦屋まつり: 毎年9月下旬（主に23日、24日）に、南砺市下梨地区の地主神社境内を中心に行われる秋の収穫祭を兼ねた祭りです。日中には獅子舞の巡行や踊り講習会、コンクールなどが行われ、夕方からは地主神社で獅子舞が奉納されます。夜の見どころは舞台競演で、五箇山地区の保存団体や南砺平高校郷土芸能部などが、麦屋節をはじめとする五箇山民謡を披露します。競演後には、観光客も加わる総踊り（輪踊り）が盛大に行われます。なお、近年の状況を踏まえ、開催日程の短縮や中止となる場合もあります。
* 城端むぎや祭: 毎年敬老の日の直前の土曜日、日曜日の2日間にわたり、城端市街地で開催されます。各町内の保存団体が、じょうはな座や城端別院善徳寺などの競演会場や、市街地の街並み踊り会場を巡りながら、麦屋節などの五箇山民謡や踊りを披露します。夜には麦屋パレードや観光客も参加できる総踊りが行われます。かつては創作舞踊大会「じゃんとこいむぎや」も開催され、イベント性の高い祭りとしても知られていました。2日目には全国規模の麦屋節コンクールや踊り講習会も開かれます。

これらの祭りを通じて、麦屋節は地域住民はもとより、県内外からの観光客にも親しまれ、その伝統が脈々と受け継がれています。また、南砺市城端伝統芸能会館じょうはな座では定期公演も行われるなど、様々な形で麦屋節に触れる機会が提供されています。

麦屋節は、平家落人の伝説に彩られた哀愁を帯びた旋律と、五箇山の厳しい自然の中で育まれた力強い踊り、そして城端へ伝わり独自の発展を遂げた歴史を持つ、富山県が誇る重要な無形文化財です。その伝承活動は地域の誇りとして、今後も大切に守られていくことでしょう。

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