麦島城

麦島城は、熊本県八代市に位置していた安土桃山時代から江戸時代にかけての日本の城です。2014年3月18日には、本城跡、古麓城跡、八代城跡と合わせて「八代城跡群」として国の史跡に指定されました。

概要

1588年、肥後に入国した小西行長は、重臣の小西行重に命じて球磨川の北岸に新たな八代城を築かせました。この城が現在の麦島城跡にあたります。当時は前川の開削が行われておらず、麦島城の北側は大きな入江になっており、中世以来の貿易港であった徳淵津が設けられ、海上交通の要衝でした。

麦島城は、単なる小西氏の支城としてだけでなく、南蛮貿易の拠点、豊臣政権下における有力な城郭として重要な役割を果たしていました。

1600年の関ヶ原の戦いでは、城代の小西行景が守る宇土城と連携して、来襲した加藤清正の軍勢と戦いましたが、西軍が本戦で敗北したため、キリスト教徒であった城代末郷は、城内の人々を救うために麦島城を開城し、自身は薩摩へ移りました。戦後、麦島城は加藤氏の支城となり、1612年には城代として加藤正方が派遣され支配しました。加藤氏は、肥後加藤領における城郭網再編成の一環として麦島城を改修し、規模を拡大しました。近年の発掘調査によって、本丸の東西が130m、本丸西側の二ノ丸を含めると東西400m、本丸西側に面する外堀の幅は50mにも及ぶことが判明しています。

大坂夏の陣後の元和の一国一城令においても、加藤領は熊本城と八代城（麦島城）の二城体制が特別に許可されました。しかし、1619年の大地震により城は倒壊したと伝えられています。その後、麦島城の北側の松江に新たな八代城（松江城）が1621年に竣工しました。もし麦島城時代に一国二城体制が認められていなければ、現在の八代城跡は存在しなかった可能性もあります。

麦島城の発掘

平成に入り、開発に伴う麦島城跡の発掘調査が行われ、小西行長時代の本丸石垣や小天守が発見されました。特に、小西時代の小天守からは、金箔鯱瓦や文禄・慶長の役の際に作られた「隆慶二年仲秋造」の銘が入った滴水瓦、同じく朝鮮半島から持ち帰られた「萬暦十二年」の銘が入った滴水瓦などが出土しました。近年の研究によって、「隆慶二年仲秋造」の銘が入った滴水瓦と同型の瓦が釜山博物館に収蔵されており、釜山の東莱倭城出土資料と同型であることが確認されました。これにより、小西行長が文禄の役の際に釜山から滴水瓦と李朝瓦を持ち帰って麦島城で使用したことが裏付けられました。このことは、琉球を除く日本列島に滴水瓦がもたらされた契機が文禄の役であったこと、そして日本にもたらされた滴水瓦の元々の使用場所が特定できることを証明しました。

また、対馬市の金石城跡で見つかった滴水瓦も、文禄の役の際に釜山から持ち帰られたものであることが確認されています。

加藤時代の本丸石垣なども出土しましたが、八代城（松江城）築城の際に大半の石材が持ち出されました。二ノ丸東側の外堀からは、地震で倒壊したと考えられる平櫓の部材が組まれた状態で出土しました。これは、日本考古学史上において奈良県桜井市の山田寺跡東回廊の一部が出土した時以来の発見です。麦島城跡で見つかった平櫓には、突上戸や鉄砲狭間などが残されており、壁は鉄砲の弾の貫通を防ぐために、竹小舞の中に丸礫や瓦片が詰められていました。

現在の麦島城

麦島城は廃城後に破却、埋められたため、城跡を直接確認することはできません。特に昭和40年代以降、城跡は市街地化が進み、地表観察で直接遺構を確認することは困難です。しかし、城跡を丹念に散策することで、地形の高低差や道路の位置などから、城跡の範囲を大まかに把握することは可能です。天守台跡は、麦島地区で最も標高が高いため容易に確認できますが、天守台の石垣や礎石などを直接見ることはできません。麦島城の発掘を機に城跡を訪れる見学者が増えたため、2008年頃から見学者のために天守台跡の整備が行われるようになり、石灰石が持ち込まれ城跡の雰囲気が演出されています。現在、天守台跡で見られる石材は、いずれも麦島城の天守台石垣とは関係ありません。また、麦島城の概要を説明する写真付きの説明板が設置されています。

さらに、八代市シルバーワークプラザ古城館の1階ロビーでは、建設工事前に見つかった石垣を見学することができます（平日のみ、祝祭日は休館）。

麦島城の資料

麦島城に関する研究書や論文、パネル発表、口頭発表などが多数存在します。これらの資料は、麦島城の歴史や構造、発掘調査の結果などを詳しく知る上で重要なものです。

『八代市史』第3巻八代市教育委員会、蓑田田鶴男 1972
『城の見方・歩き方』別冊歴史読本 597 新人物往来社、2002
『よみがえる日本の城12 熊本城八代城人吉城麦島城他』学習研究社、2003
「肥後の中世城」『熊本歴史叢書３中世乱世を駆けた武士たち』熊日出版、大田幸博 2003
『新宇土市史』「通史編第二巻中世・近世」宇土市、 2004
『新宇土市史』「資料編第三巻古代・中世・近世」宇土市、2004
『中世・戦国・江戸の城』新人物往来社、2004
『福岡城天守と金箔鯱瓦・南三階櫓』梓書院萩野忠行、2005
『信長の城・秀吉の城』滋賀県立安土城考古博物館・サンライズ出版、 2007
『定本熊本城』富田紘一編郷土出版社 2008
『歴史読本2008年5月号織田・豊臣の城を歩く』新人物往来社、 2008
『近世瓦の研究』同成社、山崎信二 2008
『小西行長ー「抹殺」されたキリシタン大名の実像ー資料で読む戦国史』八木書店、鳥津亮二、 2010
『熊本県の中世城跡』熊本県文化財調査報告第30集熊本県教育委員会 1978
「小西行長、文禄慶長の役関係日表」『宇土市史研究』14号宇土市史研究会・宇土市教育委員会、鶴田倉造 1993
『城郭の縄張り構造と大名権力』九州大学出版会、木島孝之 2001
「麦島城跡」『月刊考古学ジャーナル』10月増大号ニュー・サイエンス社、山内淳司 2002
「麦島城跡出土の瓦について」『織豊城郭』第9号織豊期城郭研究会、山内淳司 2002
「麦島城跡発掘調査概要」『平成14年度九州考古学会発表資料集』、山内淳司 2002
「熊本県八代市麦島城跡の調査と歴史的意義」『日本歴史』4月号吉川弘文館、山内淳司 2003
「麦島城の発掘調査−九州における初期織豊系城郭の構造−」『日本考古学協会2003年度滋賀大会研究発表要旨集』、山内淳司 2003
「九州における織豊系城郭研究10年の現状と課題」『織豊城郭』第10号織豊期城郭研究会、宮武正登 2003
「麦島城の出土建築部材について : 近世初期城郭建築に関する研究」『日本建築学会研究報告』、原田聰明・北野隆 2003
「肥後における織豊系城郭研究の課題-近年の城跡調査と麦島城の調査から-」『熊本史学』83・84号、山内淳司 2004
「麦島城跡出土建築部材の調査」『平成16年度九州考古学会発表資料集』、山内淳司 2004
「軒瓦に現れた文字-朝鮮時代銘文瓦の系譜-」『古代文化』第56巻第11号財団法人古代學協會、高正龍 2004
「織豊城郭における李朝瓦の移入と展開−佐敷城跡出土のいわゆる李朝系瓦を中心として−」佐敷城跡』芦北町文化財調査報告第2集、美濃口紀子 2005
「麦島城の格子窓について : 近世初期城郭建築に関する研究(その2)」『日本建築学会研究報告』、原田聰明・北野隆 2005
「麦島城の狭間について : 近世初期城郭建築に関する研究(その3)」『日本建築学会研究報告』、原田聰明・北野隆 2005
「麦島城跡出土の建物軸組みについて : 近世初期城郭建築に関する研究(その4)」『日本建築学会研究報告』、原田聰明・北野隆 2006
「出土建築部材による麦島城櫓の復元について : 近世初期城郭建築に関する研究 (その5)」『日本建築学会研究報告』、原田聰明・北野隆 2006
『古麓城跡・麦島城跡・八代城跡』八代市文化財調査報告書第29集（山内淳司編・八代市教育委員会） 2006
『麦島城跡−都市計画道路建設に伴う発掘調査−』八代市文化財調査報告書第30集（山内淳司編・八代市教育委員会） 2006
「滴水瓦編年に関する一考察−麦島城跡出土滴水瓦を中心に−」（『麦島城跡−都市計画道路建設に伴う発掘調査−』に掲載）山内淳司 2006
「城郭の改修、移転と廃城・破却−肥後麦島城跡の調査を中心に−」『織豊城郭』第11号織豊期城郭研究会、山内淳司 2007
「麦島城建築部材の放射性炭素年代測定について」『日本文化財科学会第25回大会要旨』、中尾七重・今村峯雄 2008
「中世八代城・織豊期八代城・近世八代城について－発掘調査を中心に」熊本中世史研究会、山内淳司 2008
『近世瓦の研究』同成社、山崎信二 2008
「織豊期八代城（麦島城）の縄張について」熊本近世史の会、山内淳司 2009
「肥後南部における小西系城郭の構造ー麦島城を素材としてー」『肥後考古学会80周年記念大会』肥後考古学会、山内淳司 2010
* 「麦島城の発掘ー小西行長の城を掘る！！」『シリーズ再検証・小西行長』宇土市教育委員会、山内淳司 2010

麦島城は、その歴史的な価値と発掘調査によって、日本の城郭史における重要な存在として再評価されています。

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