10の格言集

ドミートリイ・ショスタコーヴィチのピアノ曲集『10の格言集』作品13（ロシア語: Афоризмы）は、1927年に作曲された、様々な性格を持つ10の短い楽曲からなる作品です。この曲集は、若きショスタコーヴィチが当時の前衛的な音楽手法を探求した意欲的な作品として知られています。

概要

作品は、ショスタコーヴィチがレニングラード音楽院に在学していた1927年の2月25日から4月7日にかけて作曲されました。同年秋には、作曲家自身のピアノによってレニングラードで初演が行われています。

「アフォリズム（格言集）」という題名は、ショスタコーヴィチが敬愛していた先輩であり、音楽評論家としても活躍していたボレスラフ・ヤヴォールスキーの提案によるものです。ショスタコーヴィチはこの作品をヤヴォールスキーに献呈しています。

本作は1927年にトリトン社から出版され、ショスタコーヴィチの手によるオリジナルの楽譜（自筆譜）は、現在サンクトペテルブルグのロシア国立文学芸術アカデミー（PGALI）に保管されています。

着想と作曲の背景

1927年に開催された第1回ショパン国際ピアノコンクールに出場した後、ベルリンに滞在していたショスタコーヴィチは、作曲に関して特別な「霊感的なビジョン」を得たと語っています。

彼は後に、「当時、私が自然界のある法則について深く考えていたことが、『10の格言集』を書くきっかけとなりました。それぞれの楽曲は、すべて同じ一つの考えで結びついています。その具体的な考えが何であるかは、今はまだ明かしたくありません」と回想しています。帰国後、わずか約1ヶ月という短期間で作品は一気に書き上げられました。当初は12曲で構成される「組曲」として構想されましたが、最終的に2曲が破棄され、現在の10曲編成となりました。

作品の性格

1927年という時代は、後にソビエト連邦で主流となる社会主義リアリズムが登場する以前、ロシア・アバンギャルドの芸術運動が多様に展開されていた時期でした。当時20歳だったショスタコーヴィチは、この前衛芸術の潮流の中に身を置き、現代音楽の語法を熱心に探求していました。

本作には、パウル・ヒンデミット、エルンスト・クレーネク、イーゴリ・ストラヴィンスキーといった西ヨーロッパのモダニズム作曲家たちの影響が色濃く見られます。この探求の傾向は、前年に初演されたピアノソナタ第1番 作品12ですでに現れていましたが、『10の格言集』作品13でさらに顕著になります。また、本作の作曲中に委嘱され、同年5月に初演された交響曲第2番においても、同様にモダニズムへの関心が継続されています。

しかし、ピアノソナタ第1番が持つコンサート向けピアノ曲としての側面とは異なり、ショスタコーヴィチは本作においてヴィルトゥオーゾ的な華やかさにはさほど興味を示していません。むしろ、「各声部が互いに独立し、排他的な関係にある対位法」という、新しいピアノのテクスチャーを追求しました。

この作品を最初に録音したピアニスト、ウラジーミル・プレシャコフは、本作を「ショスタコーヴィチによるシェーンベルク的な世界への短い探検」と評しています。彼は、この10曲の楽曲が「透明な響きを持ち、その発想は抽象的である。和声は実験的で、時に大胆かつ苛烈だ」と述べています。特に、エレジー、葬送行進曲、エチュード、死の舞踏、子守歌といった一部の楽曲には、「純粋なショスタコーヴィチらしさ」が表れていると分析しています。

構成

全10曲で構成されており、全曲演奏時間は約13分です。

1. レチタティーヴォ (1927年2月25日作曲)
内向的で揺れ動く感情を描写した、不安定な性格を持つ小品です。開始の真剣さから皮肉、そして不機嫌へと変化し、不協和音で唐突に終わります。組曲の中で最も短い曲です。

2. セレナード (1927年2月27日作曲)
冒頭の和音は前曲の終わりを柔らかくしたもので、曲全体でオスティナートのように機能します。私的な会話を思わせる楽曲で、低音と高音によるモノローグの後、二つの声部が絡み合います。

3. 夜想曲 (1927年3月1日作曲)
組曲中で最も洗練され、挑発的で謎めいた雰囲気を持ちます。嵐のような始まりから苦味を帯びた終わりまで、神経質な情熱と動揺に満ちています。予測不可能な展開と耳障りな不協和音が特徴で、疲弊感の中で終わります。複雑なリズム表記や、長7度・短2度の頻繁な使用が前曲との共通点です。終盤の音列（D、E♭、C、B）は、ショスタコーヴィチの音楽的モノグラム「DSCH」を含んでいます。

4. 悲歌（エレジー） (1927年3月6日作曲)
ノスタルジックな雰囲気を持つ楽曲で、厳しい不協和音からは解放されます。ネオ・バロック風の対位法が用いられ、旋法の使用が新鮮です。しかし最後の小節では、F♯とFナチュラルが同時に現れる箇所があります。

5. 葬送行進曲 (1927年3月9日作曲)
冒頭の太鼓やトランペットのような音は、パントマイム的な滑稽さを感じさせつつも、速いテンポがその性格を助長しています。同時に、過去の曲（レチタティーヴォ、セレナード）への哀愁を帯びた引用も見られます。最後はハ長調で終わり、純粋な感情のカタルシスを示唆します。

6. エチュード (1927年3月14日作曲)
技術的な練習曲の退屈さを揶揄しているようです。教則本のようなトリル練習から始まりますが、次第に気まぐれな舞曲へと変化します。左手は調性を自由に移動する一方、右手はハ長調に留まろうとする対比がユーモラスです。最終的には、不協和音で唐突に終わります。

7. 死の舞踏 (1927年3月21日作曲)
粗野なワルツのリズムに乗って、グレゴリオ聖歌の「怒りの日（Dies irae）」の旋律が聴こえてきます。ヴァイオリンの開放弦を思わせるピッチがパルスを乱す場面があり、悪魔がヴァイオリンを弾くという暗いシンボリズム（リストのメフィスト・ワルツなどに通じる）が示唆されています。

8. カノン (1927年4月1日作曲)
ロナルド・スティーヴンソンは、この曲がウェーベルンの影響下にあるとし、「音符と同じくらい多くの休符で構成されている」と述べています。グロテスクな嘲笑や戯画のような性格も持ち合わせており、不協和音的な響きの中で3つの声部が絡み合います。

9. 伝説 (1927年4月5日作曲)
神秘的で古風な雰囲気を持つ、静かでゆったりとした楽曲です。中間部以降、音楽は低音域へと沈潜し、陰鬱でありながらも聴く者を惹きつける魅力を放ちます。

10. 子守歌 (1927年4月7日作曲)
この詩的な小品は、ショスタコーヴィチのネオ・バロック様式における傑作の一つと見なされており、ストラヴィンスキーのピアノソナタ（1924年）などの影響がうかがえます。しかし、単なる模倣ではなく、ショスタコーヴィチはペダルを多用することで現代的な対位法にロマンティックな響きを加えています。ペダルによる残響と低音オクターヴの反復は、ブゾーニによるバッハ作品の編曲を彷彿とさせます。

録音と編曲

本作は、1969年のウラジーミル・プレシャコフによる世界初録音以降、オレグ・ヴォルコフ、マーティン・ジョーンズ、ウラディーミル・アシュケナージ、コンスタンティン・シチェルバコフなど、多くのピアニストによって録音されています。

また、1971年にはボリス・ベクテレフとウラジーミル・スピヴァコフにより、ヴァイオリン、バスーン、ピアノ、打楽器のための編曲も制作されています。

『10の格言集』は、ショスタコーヴィチが確立された音楽様式から離れ、新しい表現を模索した初期の重要な作品であり、その後の彼の音楽語法の形成を理解する上で欠かせない作品と言えるでしょう。

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脚注・出典は割愛します。

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