1944年の日本

昭和19年（西暦1944年）は、大日本帝国にとって第二次世界大戦における戦局が急速に不利となり、終戦へと向かう流れが決定づけられた極めて困難な一年でした。

年明け早々、連合国軍は南方からの反攻を本格化させ、マーシャル諸島やトラック島といった日本の海上防衛線を次々と攻撃。特に1月末のマーシャル諸島クェゼリン環礁への上陸は、史上初めて日本領土への連合軍侵攻となり、守備隊は玉砕しました。国内では、戦時体制を一層強化するため、政府は「緊急国民勤労動員方策」を決定。学徒を含む国民の総動員が進められ、1月には女子挺身隊が結成されました。生活面でも統制が強まり、スイカやメロンといった不急作物の作付け禁止、都市部からの初の疎開命令が出されました。また、出版界への弾圧として横浜事件が発生するなど、言論統制も厳しさを増しました。戦局の悪化を隠蔽するため、12月に発生した昭和東南海地震の情報が厳しく統制されたことも、当時の社会状況を象徴しています。

軍事作戦では、中国大陸における大規模攻勢「大陸打通作戦」と、インド進攻を目指す「インパール作戦」が認可され、春から実行に移されました。しかし、インパール作戦は補給の困難などから泥沼化し、多数の犠牲者を出した後、7月に中止となりました。一方、太平洋では連合軍の快進撃が止まらず、ニューギニア方面の拠点が次々と孤立。そして、6月には日本の絶対国防圏の要石とされたマリアナ諸島への攻撃が開始されました。特にサイパン島には猛烈な艦砲射撃の後、米軍が上陸。これに対し、日本海軍は残存する空母戦力を投入してマリアナ沖海戦を挑みますが、一方的な大敗を喫し、空母4隻などを失い制海権をほぼ喪失しました。この海戦は「七面鳥撃ち」と揶揄されるほどの惨敗でした。サイパン島への米軍上陸と同日には、新型爆撃機B-29による日本本土初空襲（八幡空襲）が行われ、本土が直接的な攻撃に晒される脅威が現実となりました。

サイパン島の守備隊は7月7日に玉砕。この衝撃的なニュースは国内に動揺を広げ、戦局打開の見込みがなくなったとして東條英機内閣は総辞職に追い込まれ、小磯國昭を首班とする内閣が成立しました。その後も、グアム、テニアン、ペリリュー、アンガウルといった西太平洋の要衝で激しい玉砕戦が相次ぎました。「玉砕」はこの年の流行語の一つとなり、多くの犠牲を伴う絶望的な戦況を象徴する言葉となりました。8月には本土決戦に向けた「国民総武装」が閣議決定され、竹槍訓練など精神論に頼った戦備が進められました。学童疎開も拡大しましたが、8月には学童疎開船「対馬丸」が撃沈され、多数の子どもたちの命が失われる悲劇も起きました。

秋になると、戦線はさらに日本に近づき、10月には沖縄県が大規模な空襲（十・十空襲）を受けました。フィリピン防衛を巡るレイテ沖海戦では、日本海軍が残存戦力のほとんどを失う決定的な敗北を喫し、この戦闘の中で神風特別攻撃隊が初めて編成され、組織的な特攻作戦が開始されました。11月にはマリアナ諸島からのB-29による東京初空襲が行われ、本土主要都市への本格的な戦略爆撃が始まる前兆となりました。12月には大陸打通作戦が一応の完了を見ましたが、大勢を覆す力はありませんでした。

「鬼畜米英」「一億火の玉」「一億国民武装」「大和一致」「竹槍では間に合わぬ」といった流行語は、追い詰められた状況下での国民精神の鼓舞や、現実との乖離を示していました。1944年は、国内外で多くの犠牲を払い、戦局が後戻りできないほど悪化し、国民生活が極限まで統制・動員された、まさに破局へ向かう過程が鮮明になった年と言えるでしょう。多くの周年行事（日露戦争開戦40周年、日清戦争開戦50周年など）が過去の栄光を偲ぶ一方で、現実の戦況は全く異なる様相を呈していました。この年は、来るべき敗戦と終戦を予感させる、激動の転換点となったのです。

もう一度検索