1962年の日本の女性史

1962年日本の女性史

1962年（昭和37年）は、高度経済成長期の日本において、女性たちが社会の様々な変化に積極的に関わり、自らの権利や生活の向上を求めて活動した年でした。この年には、労働環境、教育、消費者運動、政治参加、家族・生活といった幅広い分野で、女性に関連する重要な出来事が数多く発生しています。

労働環境における課題と変革

経済発展に伴い女性の社会進出が進む一方で、労働現場では多くの問題が顕在化しました。2月には、野村證券のキーパンチャーが過酷な労働環境からくる職業病を苦に自殺するという悲劇が発生し、「キーパンチャー病」という言葉が世間に広く知られるきっかけとなりました。また、国立療養所神奈川病院では、勤務評定や労働強化に反発した看護婦が集団辞職するなど、労働条件改善を求める動きも見られました。

企業による労働組合活動への介入も問題となりました。ソニーでは、労働組合に関心を持つ見習女子労働者が精神病と診断されて解雇され、組合側が人権擁護委員会に提訴。最終的に1964年に裁判で原職復帰が認められました。また、呉羽紡績の共働き夫婦が、夫の名古屋転勤命令を不当として提訴した「呉羽紡績転勤命令事件」では、裁判所が「別居に伴う精神的・経済的苦痛は社会通念に照らし忍ばねばならない」と会社側の主張を認め、当時の共働き家庭が直面する困難を示唆しました。

人員整理の基準に女性が不利になるような条件が盛り込まれるケースもありました。電気化学工業では、30歳以上の既婚女性や共働き家庭の女性が優先的な対象となる人員整理案が提示されました。しかし、労働環境の改善に向けた努力もあり、全電通近畿支部では、タイピストなどのパンチ能率を管理するノルマ表の廃止を勝ち取っています。

年間を通してみると、女性雇用者の増加率は男子を上回り、特に既婚女性の割合が増加しました。また、主婦のパートタイム就労もこの頃から始まりつつあり、女性の働き方の多様化が進みました。

教育分野の動きと男女間格差

教育の分野では、中学校の学習指導要領が改定され、教育内容が男女別に区分けされました。男子は技術科、女子は家庭科が必修となり、将来の性別役割分業を前提とした教育が進められることになりました。

教育現場での権利問題も発生しました。前年に政治活動を行ったことを理由に退学処分を受けた昭和女子大学の学生を巡る問題は、支援した講師の解雇に発展し、学生による座り込みや著名人による署名運動など、大きな社会問題となりました。この問題は学則と憲法の関係について国会でも議論され、最高裁判所で退学処分が違法と判断されるまでに10年以上を要しました。実践女子学園でも教員解雇に生徒が抗議するなど、学校運営や教員の処遇を巡る問題が見られました。

女子の大学・短大進学率はまだ低かったものの、文学部など特定の分野では女子学生の割合が増加傾向にありました。

消費者運動と平和への願い

物価の上昇は主婦たちの家計を圧迫し、消費者運動を活発化させました。全国各地で物価値上げ反対の集会が開かれ、主婦連合会は「不当景品類及び不当表示防止法」や「家庭用品品質表示法」の制定を目指す運動を展開しました。また、理美容やクリーニング料金の適正化を求める陳情や意見交換も行われました。総評主婦の会や日本婦人会議は、経済の仕組みを学ぶ会合を開き、消費者の経済に対する理解を深めようとしました。

平和運動も女性たちの重要な活動の一つでした。アメリカの大気圏内核実験再開に対し、地婦連や原水爆禁止日本国民会議（原水禁）の母の会などが抗議行動を展開。ウィーンで開催された軍縮のための世界婦人集会には日本代表が出席しました。被爆者救援のための平和バザーも開催され、地婦連が主体となって取り組みました。

政治参加と女性団体の設立

女性たちの政治への関与も進みました。7月の参議院議員選挙では9人の女性が当選し、テレビタレントであった藤原あき氏のトップ当選は社会の注目を集めました。地方政治では、石川県議会で初の女性副議長が選出されるなど、女性議員の活躍が見られました。

この年には新しい全国規模の女性組織が相次いで誕生しました。4月には社会党の提唱により、単一の婦人組織を目指す日本婦人会議が結成され、10月には平塚らいてう氏らが呼びかけ人となり新日本婦人の会が設立されました。これらの団体は、後の日本の女性運動において重要な役割を担っていきます。また、国鉄労働組合の家族会が連合して国鉄家族会全国連合会が結成されるなど、多様な立場の女性たちが組織化されました。

家族・生活と社会問題

家族や生活に関連する制度や問題にも変化がありました。建物の区分所有法が公布され、夫婦が居住する家屋の所有権に関する新たな可能性が開かれました。日本生命は寡婦向けの保険特約を発売するなど、家族構成の変化に対応した商品が登場しました。

共働き家庭や子育て支援へのニーズも高まりました。厚生省による保育所の産休代替要員制度導入や、0歳児保育の開始など、保育サービスの拡充に向けた動きが見られましたが、母親連絡会が学力テスト中止や高校全員入学対策について文部大臣との会見を拒否されるなど、行政の対応への不満もありました。学童保育への要求も高まり、東京都で関連の協議会が発足しました。

農村部では、都市部への出稼ぎが増加し、農業労働を女性が担う「かあちゃん農業」が広がりました。これにより、農村における跡継ぎ問題や結婚難、いわゆる「嫁飢饉」が深刻化していきました。

生活用品の安全性に関する問題も提起されました。中性洗剤について、専門家から有害性が指摘されましたが、後に政府機関は「常識的な使い方なら無害」と答申。問題を提起した専門家が職を追われるという経緯は、消費者の健康と企業の利益、行政の判断を巡る複雑な問題を示唆しました。

国際交流と地位向上への模索

国際的な場では、女性の地位向上に関する議論も行われました。国連婦人の地位委員会で日本代表は「男女同一労働同一賃金」決議案に賛成しましたが、後の国連経済社会理事会では棄権するという異なる投票態度を見せ、国際的な問題提起を受けました。東京では家族法における婦人の地位に関する国連人権セミナーが開催され、国際的な視点からの議論が行われました。また、国際社会民主婦人会議の視察団が来日し、日本の主婦たちとの交流も行われるなど、国際的な連携や情報交換も進みました。

1962年は、女性たちが様々な社会問題に直面しながらも、自らの権利意識を高め、組織的な活動を通じて社会に変革を求めた年であり、その後の日本の女性史の展開に大きな影響を与える出来事が数多く起こっています。

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