1980年の日本の女性史

1980年（昭和55年）日本の女性たちを巡る出来事

1980年は、日本の女性たちが社会における自身の位置づけや権利について、より積極的に発信するようになった転換点とも言える年でした。個人の意識の変化から法制度の見直し、国際的な動向との連携まで、様々な動きが見られました。

年の初め、総理府が実施した「婦人に関する世論調査」では、「自立した生活が可能であれば結婚は必須ではない」「子どもが生まれても仕事を続けたい」と回答した女性が合計で23%に達し、これは昭和47年（1972年）の前回調査から倍増するという顕著な変化を見せました。これは、女性の結婚観や職業観が大きく変わりつつあることを示唆しています。

社会の様々な分野で女性の活躍が進む具体的な事例も生まれました。1月には高橋展子が女性として初めて大使（デンマーク大使）に任命され、2月には田中寿美子が社会党の副委員長に女性として初めて就任しました。また、2月には熊本市で、サリドマイド被害者として初の公務員採用として辻典子さんが採用されるという出来事もありました。

一方で、女性を取り巻く問題も顕在化しました。伝統的な芸能界の在り方に疑問を投げかけた前衛舞踏家の花柳幻舟は、家元制度に抗議して花柳流家元に切りつける事件を起こし、服役しました。職場における性別差別を巡る訴訟も注目を集めました。鈴鹿市役所における男女間の昇格差別を巡っては、2月に津地方裁判所が違法判決を下しましたが、控訴審では名古屋高等裁判所が市側の主張を認めました。この裁判は、職場での根強い性別格差と、それを是正しようとする動き、そして司法判断の難しさを示す事例となりました。また、この頃、日本初のフェミニストセラピィ「なかま」が開設され、フェミニスト心理学が誕生するなど、女性の精神的なケアとフェミニズムの結びつきも始まりました。

社会運動も活発化しました。日弁連は婦人労働法制に関する集会を開催し、横浜市や川崎市では主婦グループが合成洗剤追放の条例制定を求める直接請求運動を開始しました。環境庁もリンを含む合成洗剤追放を決定し、メーカーが無リン洗剤を発売するなど、女性たちの声が社会を動かした事例と言えます。情報公開法を求める市民運動も主婦連など消費者団体を中心に結成されました。

国際的な動きでは、4月にパリでOECD初の「婦人の雇用に関するハイレベル会議」が開催され、7月にはコペンハーゲンで第2回国連婦人の10年中間年世界会議が開かれ、145カ国が参加しました。この会議では「女性に対するあらゆる形態の差別撤廃に関する条約」に日本を含む51カ国が署名し、社会と家庭における伝統的な性別役割分業や差別的慣習の見直しが国際的に求められるようになりました。

法制度の面でも変化がありました。5月には民法が改正され、相続において配偶者の法定相続分が3分の1から2分の1に引き上げられると共に、寄与分が新設されました。これは、婚姻中の妻の財産形成への貢献を法的に認める動きとして注目されました。実際に8月には横浜地方裁判所で、妻が夫に対して約1億6000万円という当時としては日本の離婚裁判史上最高額の離婚慰謝料を命じる判決が出されました。

女性の身体や医療に関する問題も浮上しました。5月には妊娠中の胎児の性別を超音波で診断する方法が発表され、技術の進歩と共に倫理的な議論も生まれました。9月に明るみに出た富士見産婦人科病院事件は、不必要な手術で健康な子宮や卵巣を摘出する「乱診乱療」の実態を暴露し、出産のためだけという従来の女性器観や、男性医師中心の産科婦人科学会の体質そのものも問われる事件となりました。

女性の政治参加への関心も高まり、6月の衆参両院同時選挙では、女性の投票率が男性を上回り、市川房枝が参議院全国区でトップ当選を果たしました。

若い世代の意識や置かれた状況も変化しました。7月には早稲田大学の女子学生たちが、企業による女性の採用情報や差別の実態を取材し実名で掲載した「私たちの就職手帳・女子学生のために」を発行しました。11月には明治大学などの学生が女子学生の就職差別に抗議するハンガー・ストライキを実施するなど、現実の差別に対する若い女性たちの主体的な行動が見られました。また、7月に問題化した「イエスの方舟」事件は、共同生活を送る女性たちを巡る騒動を通じて、当時の日本の中流家庭が抱える問題や、女性たちの居場所や生き方への葛藤を象徴する出来事となりました。

文化やスポーツの分野でも女性の活躍がありました。10月には日本初の女子陸上1万メートル公式競争が行われ、11月には第1回世界女子柔道選手権大会で山口香が日本人初の銀メダルを獲得しました。消費の面では、ヤング向け香水「レディー80」や、身重の花嫁のためのウェディングドレスが登場するなど、多様化する女性のライフスタイルに合わせた商品が生まれました。

社会問題への関心も広がりました。10月には日本人男性によるフィリピンへの買春ツアーが国会で問題視され、11月にはアジアの女たちの会が買春観光に反対する集会やデモを行いました。平和への思いを示す「戦争への道を許さない女たちの集会」も開催されました。

専門分野での女性の進出もありました。11月には猿橋勝子が女性として初めて日本学術会議会員に選ばれました。

一方で、社会の暗部を示す事件もありました。12月には、52歳の主婦が19歳の娘に保険金をかけて殺害するという痛ましい事件が松江市で発生しました。富山・長野連続女性誘拐殺人事件では女性が逮捕され、公判で共犯とされた男性との間で主張が大きく対立し、裁判の結果が注目されました（最終的に男性は無罪確定、女性は死刑確定）。

統計的には、この年の出生率は人口千人当たり13.6で史上最低を記録し、初産の平均年齢も26.42歳と高齢化が進んでいました。結婚77万5千組に対し、離婚14万3千組という数字もありました。女子大生向けの設備が充実したマンションが増加したり、「就職用」の美容整形が話題になったりと、若い女性たちのライフスタイルや価値観の変化を示す社会現象も多く見られました。男性を対象にした「お父さん教室」が開設されるなど、家族の役割や意識も変わりつつありました。

1980年は、女性の権利意識の高まりと社会進出の動きが明確になり、様々な分野で旧来のジェンダー観への疑問が投げかけられ始めた年であり、その後の日本の社会構造の変化を予感させる出来事が数多く見られた一年でした。

もう一度検索