3つのピアノ協奏曲 K.107

3つのピアノ協奏曲 K. 107

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが作曲した「3つのピアノ協奏曲 K. 107」は、後に続く番号付きピアノ協奏曲群とは異なり、モーツァルト自身の完全なオリジナル作品ではありません。これは、彼の初期のピアノ協奏曲（第1番から第4番）と同様に、他の作曲家が手掛けた作品を基に編曲されたものです。

概要と成立の経緯

これらの協奏曲は、少年期のモーツァルトに大きな影響を与えた作曲家、ヨハン・クリスティアン・バッハ（J.C. バッハ）の作品に基づいています。具体的には、1768年に出版されたJ.C. バッハの『6つのクラヴィーアソナタ 作品5』の中から3曲を選び、これをピアノ協奏曲の形式へと仕立て直しました。自筆譜には「ジョヴァンニ・バック氏の3つのソナタ アマデオ・ヴォルフガンゴ・モーツァルト氏により協奏曲に編曲された」と、編曲作品であることが明確に記されています。

この作品群は、作曲者の生存中には出版されることなく、モーツァルトの死後に発見されました。ルートヴィヒ・フォン・ケッヘルによる目録の初版では「K. 107」という番号が与えられましたが、その後の研究で成立年代について議論が生じました。アルフレート・アインシュタインは、モーツァルトが1765年にロンドンやハーグに滞在していた頃の作品と推測し、ケッヘル目録の第3版では「K. 21b」という若い番号が付されました。しかし、自筆譜の詳細な調査が進んだ結果、実際には1770年から1772年にかけて、ザルツブルクで作曲された可能性が高いことが判明し、現在のケッヘル目録では再び当初の「K. 107」へと番号が戻されています。

これらの協奏曲は、ブライトコプフ・ウント・ヘルテル社監修の旧モーツァルト全集において初めて出版されましたが、他の番号付きピアノ協奏曲（第1番から第27番）とは異なり、通し番号は付されませんでした。後に、モーツァルトの初期の番号付き協奏曲（第1番から第4番）もまた、他者の作品の編曲であることが明らかになりましたが、K. 107の3曲については現在に至るまで通し番号が与えられることはなく、モーツァルトのピアノ協奏曲全集と銘打たれた録音などにも含まれない場合が多く、演奏される機会も比較的少ないのが現状です。これらの作品は、モーツァルトが独自の協奏曲様式を確立する以前の、習作的な意味合いを持つものと考えられています。K. 107を作曲した後、モーツァルトは1773年に初めて自身のアイデアに基づいたピアノ協奏曲第5番 K. 175を生み出すことになります。

楽器編成と音楽的特徴

楽器編成は、独奏ピアノ、ヴァイオリン2部、そしてバス（チェロやコントラバス）という、後の番号付き協奏曲と比べると非常に簡素なものです。これは、原曲のソナタが想定していた編成をある程度反映していると考えられます。

モーツァルトがJ.C. バッハのソナタを協奏曲へと編曲するにあたっては、原曲の構成を大きく変更することなく、協奏ソナタ形式に適合させるための工夫を加えています。ソナタ形式の楽章では、主題提示部をオーケストラと独奏で繰り返すために一部転調を施し、さらにオーケストラによる伴奏部分、独奏者の技巧を示すためのカデンツァ、そして楽章の締めくくりとなるコーダを追記しています。しかし、楽章の核となる音楽的な内容は、ほとんどJ.C. バッハの原曲をそのまま用いています。

各曲の構成

第1番 ニ長調

J.C. バッハのソナタ集 作品5の第2曲が原曲です。演奏時間は約13分。

第1楽章 アレグロ
ニ長調、4分の4拍子。ソナタ形式。
第2楽章 アンダンテ
ト長調、4分の2拍子。三部形式。
第3楽章 テンポ・ディ・メヌエット
ニ長調、4分の3拍子。三部形式。原曲では単に「メヌエット」と題されていました。

第1楽章と第2楽章には、モーツァルト自身が作曲したカデンツァが付けられています。

第2番 ト長調

J.C. バッハのソナタ集 作品5の第3曲が原曲です。演奏時間は約8分。

第1楽章 アレグロ
ト長調、4分の4拍子。
第2楽章 アレグレット
ト長調、4分の2拍子。変奏曲形式。モーツァルトは原曲にある4つの変奏の順序を、第2、第1、第3、第4というように変更しています。

第3番 変ホ長調

J.C. バッハのソナタ集 作品5の第4曲が原曲です。演奏時間は約9分。

第1楽章 アレグロ
変ホ長調、4分の4拍子。
* 第2楽章 アレグレット
変ホ長調、4分の3拍子。ロンド形式。

これらの3曲は、モーツァルトが師事したJ.C. バッハの様式を吸収しつつ、後の偉大なピアノ協奏曲へと繋がる萌芽が垣間見える興味深い作品群と言えるでしょう。

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