F.A.E.ソナタ

F.A.E.ソナタ

『F.A.E.ソナタ』は、1853年にロベルト・シューマンが中心となり、友人であるアルベルト・ディートリヒ、そして当時まだ若かったヨハネス・ブラームスと協力して作曲されたヴァイオリンソナタです。この作品は、彼ら共通の友人であり、著名なヴァイオリニストであったヨーゼフ・ヨアヒムに献呈されました。

作品名の「F.A.E.」は、献呈を受けたヨアヒムが個人的なモットーとしていた「Frei aber einsam」（ドイツ語で「自由だが孤独に」の意）の頭文字に由来します。音楽的な特徴として、ドイツ音名でF（ファ）、A（ラ）、E（ミ）にあたる音列が、ソナタ全体を通して重要な主題動機（モチーフ）として使用されています。シューマンは、特定の文字や名前を音名に変換して楽曲に取り入れる手法を好んでおり、彼の初期の傑作である『アベッグ変奏曲』におけるA-B-E-G-Gの音列や、ピアノ協奏曲で妻クララの愛称「Chiara」から導かれるC-H-A-Aの音列などにも同様のアプローチが見られます。

なお、F.A.E.ソナタの共作に関わったブラームスは、F.A.E.モットーに対比するかのように、自身のモットーとして「Frei aber froh」（自由だが楽しく）を掲げました。彼はこの頭文字から導かれるF-As-F（ファ・変イ・ファ）の音列を、自身の代表作の一つである交響曲第3番に巧みに織り込んでいます。

F.A.E.ソナタの初演は、作曲された年の10月28日、シューマン邸で行われ、ヨアヒムがヴァイオリンを、クララ・シューマンがピアノを担当しました。演奏に際して、作曲者たちは各楽章の作者名を伏せていましたが、ヨアヒムは演奏後すぐにそれぞれの楽章が誰の作品であるかを見抜いたと伝えられています。

初演後、楽譜はヨアヒムの手元に保管されていましたが、出版は遅れました。ブラームスが作曲した第3楽章のスケルツォのみが、ヨアヒムの許可を得て1906年に出版されました。ソナタ全曲が出版されたのは、ヨアヒムの死後である1935年になってからのことです。

現在、F.A.E.ソナタ全体が演奏される機会は非常に少なく、主にブラームス作曲のスケルツォ楽章だけが独立して取り上げられることがあります。

各楽章の構成と作曲者は以下の通りです。

第1楽章 アレグロ、イ短調：アルベルト・ディートリヒ作曲
第2楽章 間奏曲（Bewegt, doch nicht zu schnell）、ヘ長調：ロベルト・シューマン作曲（後にヴァイオリンソナタ第3番へ転用）
第3楽章 スケルツォ（アレグロ）、ハ短調、8分の6拍子：ヨハネス・ブラームス作曲（中間部にF-A-Eモチーフの変形を使用）
第4楽章 フィナーレ（Markiertes, ziemlich lebhaftes Tempo）、イ短調：ロベルト・シューマン作曲（後にヴァイオリンソナタ第3番へ転用）

シューマンのヴァイオリンソナタ第3番

F.A.E.ソナタの初演翌日である1853年10月29日からわずか4日間のうちに、ロベルト・シューマンはF.A.E.ソナタの第2楽章と第4楽章を転用し、さらに新たに二つの楽章を作曲して、四楽章構成のヴァイオリンソナタを完成させました。これが「ヴァイオリンソナタ第3番イ短調」として知られる作品です。

この新たな作品について、ヨアヒムは追加された楽章が既存の楽章と見事に調和しており、F.A.E.ソナタとは独立した別の作品であると評価しました。このヴァイオリンソナタ第3番は、シューマンが精神的な病により翌1854年に自殺未遂を図り、その後亡くなるまでの間に作曲された、現存する最後の大規模作品となりました。

しかし、この作品はシューマンの晩年の多くの作品と同様に、妻クララによって出版が見送られ、シューマン作品全集にも収録されませんでした。「ヴァイオリンソナタ第3番イ短調 作品番号なし（WoO 27）」として初めて全曲が出版されたのは、シューマン没後100年を迎えた1956年、ショット社からでした。

ヴァイオリンソナタ第3番の自筆譜は、クララによって破棄されたと考えられています。そのため、F.A.E.ソナタから転用された第3楽章（旧第2楽章）と第4楽章（旧第4楽章）はF.A.E.ソナタの楽譜から取り入れられましたが、新たに作曲された第1楽章と第2楽章は、ほぼ完全な形で残されていたスケッチをもとに再構成されて出版されました。

シューマンの最晩年の作品であるため、評価が定まらない側面もあり、自筆譜の消失や出版の遅れといった事情も相まって、他の二曲のヴァイオリンソナタ（第1番、第2番）に比べて演奏される機会は少ない傾向にあります。近年では、楽章の構成について、第2楽章と第3楽章を入れ替えて演奏される例も見られます。

音楽学者である山本美樹子は、特に第1楽章において、序奏で提示された動機が主部では有機的な繋がりなく並列されるという、当時としては非常に特殊で独創的な構成が見られることを指摘しています。この特徴は初期作品にも萌芽が見られるとしつつ、一方で「統一感の欠如」と見なされることも多いものの、現代に通じる「前衛的な挑戦」として再評価が必要であると述べています。

ヴァイオリンソナタ第3番の楽章構成は以下の通りです。

第1楽章 Ziemlich langsam - Lebhaft（イ短調、4分の3拍子‐4分の4拍子）
第2楽章 Scherzo: Allegro（ニ短調、8分の3拍子）
第3楽章 Intermezzo: Bewegt, doch nicht zu schnell（ヘ長調、4分の4拍子） - F.A.E.ソナタ第2楽章より転用
第4楽章 Finale. Markiertes, ziemlich lebhaftes Tempo（イ短調‐イ長調、4分の4拍子） - F.A.E.ソナタ第4楽章より転用

全曲の演奏時間は約20分です。

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