HD 85512 b

HD 85512 b

HD 85512 b（グリーゼ370bとも呼ばれる）は、地球から見てほ座の方向におよそ36光年離れた場所に位置する太陽系外惑星です。この惑星は、K型主系列星に分類される恒星HD 85512（グリーゼ370）の周囲を公転しています。その下限質量は地球の約3.6倍と見積もられており、「スーパーアース」と呼ばれるタイプの惑星に分類されます。2011年にその存在が確認された当時、知られている系外惑星の中では特に質量の小さな部類に属しており、大きな注目を集めました。一時期は、同様にスーパーアースであるグリーゼ581dと並んで、液体の水が存在しうる環境を持つ「ハビタブル惑星」の候補として議論されましたが、その後の研究で居住性に対する異なる見解も提示されています。

特徴

惑星

HD 85512 bの詳しい下限質量は、地球の3.6 ± 0.5倍と測定されています。この質量から、地球のような岩石で構成された地球型惑星である可能性が高いと考えられています。もし惑星のアルベド（反射率）を仮に0.3とすると、恒星からの放射エネルギーを受けて保たれる計算上の放射平衡温度はおよそ298 K (摂氏25度) となります。しかし、惑星の実際の表面温度は、大気の有無や組成、循環などの複雑な要因によって変化するため、この平衡温度と一致するとは限りません。

この惑星は、主星であるHD 85512から平均約0.26天文単位 (au) の距離を回っており、これは太陽と地球の距離の約4分の1にあたります。この軌道上では、恒星からの放射エネルギーが惑星の大気最上部に到達する仕事率は、地球の太陽定数の約1.8倍にもなります。惑星の公転周期は約58.43 ± 0.13日です。主星からの距離が近いため、惑星の自転周期が公転周期と等しくなる「潮汐ロック」が発生している可能性が指摘されています。

恒星

惑星の主星であるHD 85512は、スペクトル分類がK5V型のK型主系列星です。太陽と比べて、質量は約0.69倍、表面温度は約4715 K (太陽は約5778 K) と低く、光度も太陽の約0.126倍と暗い恒星です。彩層の活動性から推定される年齢は、約56.1 ± 6.1億年であり、太陽の約46億年よりもやや古いと考えられています。

HD 85512の視等級は+7.67等級です。これは肉眼で見える明るさではありませんが、高性能な双眼鏡などを用いれば観測することが可能です。ただし、地球上の観測場所によっては、見え方が大きく異なります。特に日本から見上げた場合、ほ座は地平線に近い位置にあるため、この恒星を観測するのは地理的に難しいとされています。

居住性と気候に関する議論

HD 85512 bは、その発見当初から、液体の水が存在し生命が誕生・維持されうる環境を持つ可能性（居住可能性）について活発な議論の対象となってきました。

2011年に発表されたKalteneggerらの研究では、惑星の居住性を評価するための一つの条件として、放射平衡温度が270 K (摂氏マイナス3度) 以下である必要があると仮定されました。この条件を満たすには、HD 85512 bが表面で受けたエネルギーを効率よく反射する必要があり、具体的には、惑星のアルベド（反射率）が特定の値を上回ることが求められました。例えば、惑星がほぼ真円に近い軌道であればアルベドは0.48以上、わずかに楕円形の軌道であれば0.52 ± 0.05以上が必要と計算されました。この必要とされるアルベドの下限値は、惑星の自転によって昼側に受けた熱が夜側にどれだけ効率よく分配されるかに依存します。地球のように速く自転する場合は比較的低いアルベドでも条件を満たしやすいですが、もし潮汐ロックによって自転が遅くなっている場合は、より高いアルベドが要求される可能性があると指摘されました。

主星HD 85512からの軌道距離約0.26 auは、液体の水が存在しうるハビタブルゾーンの、主星に近い側、すなわち内縁付近に位置すると考えられています。特に、惑星表面の50%以上が高密度の雲に覆われていると仮定した場合、恒星からの強い放射エネルギーによる過熱を防ぎ、液体の水が存在可能な温度を保つことができ、居住可能性が高まるという推測もなされました。

しかしながら, 2013年にKopparapuらが提示した、より詳細な大気モデルに基づいた新しいハビタブルゾーンの定義によれば、HD 85512 bの軌道は、液体の水が存在するには高温すぎる領域に分類されます。この新しい基準からは、HD 85512 bは居住に適さない「ホットゾーン」に位置すると判断されており、その居住性については研究者の間でも異なる見解が存在しています。

発見経緯

この惑星は、ヨーロッパ南天天文台 (ESO) がチリのラ・シヤ天文台に設置した、口径3.6m望遠鏡に搭載されたHARPS分光器を用いて発見されました。検出には、惑星の重力で主星が揺れることで生じる主星の視線速度の微小な変化を捉える「ドップラー分光法（視線速度法）」という間接的な手法が用いられました。

惑星の発見を報告する論文は、ジュネーブ天文台のフランチェスコ・ペペ氏を筆頭著者とし、2011年8月17日にプレプリントとしてarXivに公開され、同年10月に学術誌『アストロノミー・アンド・アストロフィジックス』に正式掲載されました。この論文では、HD 85512 bを含む3つの惑星系における発見が同時に報告されています。

興味深いことに、発見論文がarXivに投稿された同じ日には、前述のHD 85512 bの居住可能性について分析したKalteneggerらによる別の研究論文もarXivに投稿されています。この居住性に関する研究には、発見論文の著者であるペペ氏やUdry氏も共著者として参加しており、惑星発見直後からその居住可能性に大きな関心が寄せられていたことがうかがえます。

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