IPマルチキャスト

IPマルチキャストとは

IPマルチキャストは、インターネットプロトコル（IP）ネットワークにおいて、データグラムを特定のグループの受信者に効率的に送信するための技術です。これは、特にストリーミングやライブ配信のように、多数の受信者に同じデータを同時に配信する必要がある場合に有効です。IPマルチキャストは、マルチキャストネットワーキングというより広範な概念の、IPに特化した実装と言えます。IPv4のクラスDアドレス、およびIPv6で予約されたマルチキャストアドレスを使用し、IPv6ではブロードキャストの代替として機能します。

歴史

IPマルチキャストの標準化は1986年に遡ります。その後、グループ管理やアドレススコープの概念が追加されました。1992年には、世界初のマルチキャストバックボーンであるMBoneが稼働を開始し、当初はトンネリング技術を用いてマルチキャスト非対応ルータ間を接続していました。その後、マルチキャスト対応ルータの普及によりMBoneは役目を終えましたが、その技術は今日のマルチキャスト技術の礎となっています。21世紀に入り、マルチキャストはライブ配信やリモート会議など、様々な分野で活用されています。

概要

IPマルチキャストは、1対多および多対多のリアルタイム通信を可能にします。受信者の数や具体的な識別情報を事前に知る必要がないため、多数の受信者に効率的にデータを配信できます。送信者はデータを一度送信するだけで済み、ネットワークノードがパケットの複製を担当し、受信者のネットワークへ一度だけデータを送信します。通常、UDPが低レベルプロトコルとして利用されますが、UDPは信頼性が低いため、PGMのような信頼性の高いマルチキャストプロトコルも開発されています。

IPマルチキャストの中心技術は、以下の３つです。

IPマルチキャストグループアドレス: 送信者と受信者は、マルチキャストメッセージの送受信に共通のグループアドレスを使用します。
マルチキャストディストリビューションツリー: 受信者が参加すると、ネットワーク内のルーターがツリー構造を形成し、データを効率的に配信します。
受信者駆動型ツリー形成: ツリーは受信者の要求に応じて動的に形成され、ネットワークは必要な場合にのみデータ転送を行います。

IPマルチキャストグループアドレスの詳細

送信者は、データパケットの宛先としてグループアドレスを使用します。受信者は、グループアドレス宛てのパケットを受信したい旨をネットワークに通知します。例えば、データがグループ239.1.1.1に関連付けられている場合、送信者はこのアドレスにパケットを送信します。パケットは送信者のルーターに到達し、受信者がグループに加入するまで他のルーターには転送されません。受信者は、IGMPなどのプロトコルを用いてグループへの参加を通知します。

マルチキャストディストリビューションツリーの詳細

受信者が特定のIPマルチキャストグループに参加すると、受信者のネットワークに関連するルーターは、ディストリビューションツリーを更新します。このツリーは、どの受信者がどのグループのデータを受信する必要があるかを示します。ルーターは、ツリーに一致する宛先を持つパケットのみを中継します。PIM（Protocol Independent Multicast）は、ツリーを更新するための一般的なプロトコルです。PIMにはいくつかのバリエーションがあり、PIM-SMが最も一般的です。

受信者駆動型ツリー形成の詳細

IPマルチキャストは、送信側が受信者の情報を把握する必要がありません。ツリーの作成は、受信者の要求に基づいて行われます。ネットワークは、受信者がいる場合にのみデータを転送します。この仕組みにより、IPマルチキャストは多数の受信者に効率的にデータを配信できます。各ルータは、下流に受信者がいるマルチキャストツリーの状態情報のみを保持します。これにより、スケーラビリティが向上します。

アドレッシング

IPアドレッシングには以下の4つの形態があります。

ユニキャスト: 1対1の通信に使われます。送信者と受信者がそれぞれ固有のアドレスを持ちます。
ブロードキャスト: IPv4で使用され、すべてのデバイスにデータを送信します。IPv6では、マルチキャストがブロードキャストの代替として使われます。
マルチキャスト: グループに所属する複数の受信者にデータを送信します。
エニーキャスト: 最も近い受信者にデータを送信します。主に負荷分散に利用されます。

プロトコルとアプリケーション

IPマルチキャストは、企業、証券取引所、メディア配信ネットワークなどで利用されています。IPTVや遠隔学習、テレビ会議などのアプリケーションでよく見られます。マルチキャストは、UDP上で動作するプロトコルが多く、RTPを使用してマルチメディアコンテンツを送信します。RSVPは帯域予約に使用されることがあります。LAN環境では、IGMP（IPv4）やMLD（IPv6）でマルチキャストを制御し、ルーティングドメイン内ではPIMやMOSPFが、ドメイン間ではMBGPが使用されます。

IPマルチキャストプロトコル

IPマルチキャストに関連する主なプロトコルは次のとおりです。

IGMP（Internet Group Management Protocol）
PIM（Protocol Independent Multicast）
DVMRP（Distance Vector Multicast Routing Protocol）
MOSPF（Multicast OSPF）
MBGP（Multicast BGP）
MSDP（Multicast Source Discovery Protocol）
MLD（Multicast Listener Discovery）
GMRP（GARP Multicast Registration Protocol）
mDNS（Multicast DNS）

ルーティング

マルチキャストルーティングでは、ソースアドレスを使用してデータストリームの方向を決定します。ルータは、どの下流インターフェースがマルチキャストグループの宛先かを判断し、適切なインターフェースにパケットを送信します。RPF（Reverse Path Forwarding）は、パケットをソースから遠ざけるようにルーティングする概念です。

レイヤ2転送

ユニキャストでは、レイヤ2のMACアドレスを使用して特定の受信者にパケットを配信します。マルチキャストパケットは、特定のMACアドレス範囲を使用して配信されます。IPv6では、MACアドレスはIPv6マルチキャストアドレスから派生します。レイヤ2スイッチがマルチキャストアドレスを解決できない場合、データをLAN全体にブロードキャストします。

信頼性マルチキャスト

マルチキャストは本来、コネクションレスであり、TCPのようにパケットの再送機能は備わっていません。そのため、信頼性が必要なアプリケーションでは、PGM、NORM、FLUTEなどのプロトコルが使用されます。これらのプロトコルは、パケットの欠落を検出し、再送を要求するメカニズムを提供します。

ワイヤレス（802.11）における考慮点

802.11ワイヤレスネットワークでは、マルチキャストトラフィックの処理はDTIMとビーコン間隔の設定に依存します。パワーセーブモードのデバイスがある場合、アクセスポイントはDTIM間隔でマルチキャストトラフィックを送信します。このため、ワイヤレスネットワークでマルチキャストを使用する際には、DTIMとビーコン間隔の設定を最適化する必要があります。

利用例

IPマルチキャストは、有料テレビ放送、教育機関、金融業界などで利用されています。例えば、IPTV、遠隔学習、ファイル配布、株価ティッカーなどのアプリケーションで使われます。ただし、複雑なプロトコルや運用上の懸念から、一般のエンドユーザーが利用できるサービスとしては広く普及していません。

歴史とマイルストーン

IPマルチキャストは、スティーブ・ディーリングによって開発されました。MBoneは、マルチキャストを可能にするための実証実験であり、トンネリング技術を利用していました。

商業展開

BBCは、ISPに対しマルチキャストアドレスに対応するよう働きかけ、高品質なラジオ放送を提供しています。また、ARD、ZDF、アルテなどの放送局も、複数のネットワークで番組をマルチキャストしています。テレコム・オーストリアやドイツテレコムなどのISPは、マルチキャストを使用してテレビやラジオを配信しています。

IPマルチキャストソフトウェア

IPマルチキャストをサポートするソフトウェアには、Media Tools Repository、VideoLAN、Xorp、Smcroute、SSM-ping、IGMPv3 FreeBSD、Java Reliable Multicast Service、PIM implementation、qpimd、GateD、NORM、ecmh、MRD6、UFTP、GStreamerなどがあります。

まとめ

IPマルチキャストは、ネットワークリソースを効率的に活用しながら、多数の受信者にデータを配信するための強力なツールです。その応用範囲は広く、今後の発展が期待されます。

参考文献

Dave Kosiur『マスタリングTCP/IP　IPマルチキャスト編』
Gene『詳解IPマルチキャスト』

外部リンク

シスコシステムズ社によるIPマルチキャスト テクノロジーの概要
IP マルチキャスト技術 Internet Week 99における藤井直人氏の講演レジュメ（PDF文書）。
マルチキャスト実践講座～IP放送時代の必携テクニック～ Internet Week 2006における藤井直人氏の講演レジュメ。
その他多数のオンラインドキュメント

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