KH-9

KH-9、またはKH-9 ヘキサゴン（KH-9 HEXAGON）は、アメリカ合衆国が冷戦期に運用した画像偵察衛星のシリーズ名です。一般には「ビッグバード（Big Bird）」の通称で広く知られています。1971年から1986年にかけ、アメリカ空軍により計20回打ち上げられ、最後の1回を除くすべてが成功しました。この衛星は、地球の広範囲を高解像度で撮影し、戦略的な情報収集を行うことを主目的としました。

開発と改良

KH-9計画の構想は、1960年代初頭に偵察衛星コロナ計画の後継として考案されました。目標は、地表の広大な領域を継続的に監視することでした。開発・製造はロッキード社が担当し、国家偵察局（NRO）に納入されました。公式名称は「広域撮影光学偵察衛星（Code 467）」です。

主要サブシステムの開発担当企業は1966年から1967年に選定されました。衛星本体はLMSC、主要センサーはパーキンエルマー、再突入カプセルはマクドネル、ステラ・インデックスカメラはアイテクが担いました。最初の衛星は1971年5月に完成し、打ち上げられました。

運用期間中、KH-9衛星は4つの開発ブロック（世代）を経て改良されました。電力供給、蓄電池、軌道調整システム、姿勢制御システムなどの強化により、運用寿命は着実に延長され、最後の衛星は275日間の長期運用を達成しました。

主要機能：画像偵察とフィルム回収

KH-9の主要任務は、高解像度カメラによる地表の画像偵察です。衛星は2台のメインカメラを備え、ステレオ画像を撮影可能でした。これらのカメラは焦点距離1.5メートルのライトシュミット式望遠鏡を基盤とし、後期型では0.6メートル以上の地上解像度を実現しました。カメラは隣接地域を最大120度の範囲で走査できました。

撮影された画像は感光フィルムに記録され、回収可能な大気圏再突入カプセルに収納して地上へ送り返す仕組みでした。カプセルは地上や水上落下前に、専用機によって空中回収されました。通常4つの回収カプセルが搭載されましたが、マッピングカメラ搭載時は5つ目が追加されました。

地図作成用カメラとその他の機能

一部ミッション（1205号から1216号）では、地図作成用「マッピングカメラ」も搭載されました。このカメラはメインカメラより低解像度（当初9メートル、後に6メートル）でしたが、1973年から1980年にかけ地球全球をほぼ網羅する広範囲の画像を撮影し、約29,000枚のデータを提供しました。

画像偵察に加え、KH-9は以下の機能も持ちました。

大気密度測定: 一部のミッション（1205号から1207号）で、高高度大気密度測定用のドップラービーコンを搭載。データはNASAを通じて公表されました。
電子諜報（ELINT）: 多くのミッションで、電子諜報用の小型副衛星「フェレット」を搭載。これらは別の高高度軌道で、レーダー情報収集や通信傍受を行いました。
科学調査用副衛星も一部ミッションで同時に打ち上げられました。

機密解除と展示

KH-9計画は長らく最高度の機密でしたが、2011年9月に正式に機密解除されました。これに合わせて、実際の衛星本体が一日限定で一般公開されました。

2012年1月、KH-9は国立アメリカ空軍博物館に収蔵され、先行するKH-7/8偵察衛星と共に展示されています。

地図作成用マッピングカメラ画像の大部分は、2002年に機密解除され、アメリカ地質調査所（USGS）に移管されました。ただし、イスラエル域内やメインカメラ画像は依然機密指定されています。

仕様概要とプロジェクトコスト

KH-9衛星は、当時強力であったタイタンIIIDまたはその改良型タイタン34Dロケットによって宇宙へ運ばれました。総重量は通常11,400kg、マッピングカメラ搭載時は13,300kgに達する大型衛星でした。最大直径は3.05メートル、マッピングカメラを含めた全長は16.21メートルです。主な運用軌道は、近地点約160km、遠地点約240kmの楕円軌道でした。

1966年度から1986年度にかけて実施されたKH-9計画全体の総費用は、約32億6200万USドルと見積もられています。これは、当時の国家安全保障における宇宙からの情報収集の重要性を示すものでしょう。

関連情報:

KH-9は、有人軌道実験室計画（KH-10 DORIAN）のバックアップとして開発されたという説は誤りであり、コロナ計画後継として独立開発されました。
* その他主要なアメリカ合衆国の画像偵察衛星シリーズには、コロナ、KH-7/8 ガンビット、KH-11 ケナンなどが知られています。

もう一度検索