PCMプロセッサー

PCMプロセッサーとは

PCMプロセッサーは、アナログビデオテープレコーダー（VTR）をデジタル録音機として使用するための装置です。PCM（パルス符号変調）方式で音声信号をデジタル化し、VTRで記録できるように映像信号に変換します。再生時にはその逆の処理を行い、デジタル音声を復元します。

当時、民生用デジタル録音機器は存在せず、デジタル音声記録に必要な帯域幅を確保するため、映像記録用のVTRが利用されました。PCMプロセッサーは、この発想から生まれた画期的な装置と言えます。

PCMプロセッサーの仕組み

録音時、PCMプロセッサーは入力されたアナログ音声をデジタル信号に変換します。この変換にはA/Dコンバーターが使用されます。デジタル化された音声データは、映像信号にエンコードされ、VTRに記録されます。再生時には、VTRから読み出された映像信号がデコードされ、デジタル音声データに戻されます。その後、D/Aコンバーターによってアナログ音声信号に変換され、出力されます。

歴史

PCMプロセッサーの歴史は、デジタル録音技術の黎明期と深く関わっています。初期のデジタル録音機は、A/D・D/Aコンバーターと磁気記録装置が一体化されたものでした。日本は、この分野で世界をリードしていました。

その後、CDの商品化に向けて、レコーディングスタジオを中心にデジタル化が進められる中で、PCMプロセッサーは独立した信号変換機器として発展しました。業務用だけでなく、家庭用製品も発売され、Hi-Fiオーディオファンを中心に普及しました。

以下に、PCMプロセッサーの主な歴史を年表形式で示します。

1969年5月：日本放送協会が世界初のデジタル録音機（回転ヘッド）試作品を完成。
1972年4月：日本コロムビアが2インチVTRを使用した実用型デジタル録音機「DN-023R」を完成。
1974年：ソニーが2インチVTRを使用したデジタル録音機「X-12DTC」（固定ヘッド）を完成。
1977年3月：日本コロムビアが改良型デジタル録音機「DN-034R」による録音を開始。
1977年6月：日本放送協会とソニーが共同開発した「PAU-1602」発売。
1977年9月：ソニーが世界初のPCMプロセッサー「PCM-1」を発売。
1978年4月：ソニーが業務用PCMプロセッサー「PCM-1600」を発売。スタジオでのマスタリングに使用され、デジタル化を推進。
1979年：日本電子機械工業会（EIAJ）が、家庭向けPCMプロセッサーの統一規格を策定。
1979年6月：ソニーがEIAJ統一規格型PCMプロセッサ「PCM-100」「PCM-10」「PCM-P10」を発売。
1979年6月：各社からEIAJ規格に準拠したPCMプロセッサーが続々と発売。
1980年：ソニーが業務用PCMプロセッサー「PCM-1610」を発売。CDマスタリングにも対応。
1981年：ソニーがポータブルPCMプロセッサー「PCM-F1」を発売。初の16ビット直線録音に対応。
1982年：日立製作所がVHS方式VTR一体型の「PCM-V300」を発売。
1983年：松下電器産業がPCMプロセッサーを独立させた「SV-100」を発売。
1985年：ソニーが業務用PCMプロセッサー「PCM-1630」を発売。事実上のCDマスタリングシステムとして世界中のCD制作現場で使用。
1985年：ソニーが同軸デジタル出力付きの「PCM-553ESD」を発売。

規格

PCMプロセッサーは、当時普及していたカセット式VTRを流用するために、デジタル音声を映像信号に変換して記録する方式を採用しました。しかし、VTRの規格にはNTSCカラー映像信号の水平同期周波数にわずかな違い（15.734kHzと15.75kHz）があったため、PCMプロセッサーの標本化周波数も44.056kHzと44.1kHzに分けられました。

また、VTRの規格（Uマチック、ベータマックス、VHS）間の互換性問題から、EIAJが仲介に入り、ベータマックスとVHSの両方に対応できる規格「EIAJ/PCM」が策定されました。

その後

記録媒体の進歩に伴い、デジタル音声を直接記録できる新しい規格が登場し、PCMプロセッサーは徐々に姿を消していきました。主な規格としては、以下のものが挙げられます。

8ミリビデオ：当初からPCM音声に対応。
DAT：小型のデジタル録音テープ。
MD：光磁気ディスクを利用したデジタル録音ディスク。
DCC：コンパクトカセットと形状互換性のあるデジタル録音テープ。
NT：ソニーが発売した超小型デジタル録音テープ。
CDレコーダー：CD-R/RWディスクへの録音。

これらの規格は、PCMプロセッサーと比較して利便性が高く、家庭用PCMプロセッサーは早期に生産が中止されました。2004年には、事実上最後のPCMプロセッサーであるPCM-1630の生産が終了しました。

現在

アナログVTRは市場からほぼ姿を消し、PCMプロセッサーという言葉も死語になりつつあります。しかし、デジタルオーディオ技術の発展に大きな役割を果たしたことは間違いありません。現在では、リニアPCMレコーダーや、PCの周辺機器として高音質AD変換機能をもつ製品が登場し、ハイレゾ品質での録音・再生が可能です。

まとめ

PCMプロセッサーは、デジタル録音技術の黎明期に誕生した画期的な装置でした。アナログVTRをデジタル録音機として活用するという発想は、当時の技術的な制約を克服するための創意工夫の賜物と言えるでしょう。その歴史は、後のデジタルオーディオ技術の発展に大きな影響を与え、現在のデジタルオーディオ機器の基礎を築きました。

関連項目
デジタルオーディオ
VTR
CD
DAT
MD
DCC
* リニアPCMレコーダー

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