Pentium M

Pentium M: モバイル革命を起こしたCPU

2003年3月、インテルはノートパソコン向けx86アーキテクチャ・マイクロプロセッサ、Pentium Mを発表しました。これは単なるモバイルCPUではありませんでした。バッテリー駆動時間の長さ（省電力性）と高い処理能力（高性能）の両立を徹底的に追求し、ゼロから設計された画期的なプロセッサだったのです。それまでのモバイル向けCPUはデスクトップCPUの設計を流用することが一般的でしたが、Pentium Mはモバイル専用設計という、インテルにとって初めての試みでした。

Centrino モバイルテクノロジとの連携

Pentium Mは、単体で革新的だっただけでなく、Intel Centrinoモバイルテクノロジの中核を担う存在でもありました。Centrinoは、Pentium Mに加え、対応チップセット（i855/i915シリーズ）、Intel PRO/Wireless無線LANチップ、そしてMicrosoft Windows XPまたはLinux Kernel 2.4x以降のソフトウェアという、インテル製品群の組み合わせで実現するモバイルプラットフォームです。これらの組み合わせにより、シームレスで高速なモバイルコンピューティング環境を提供しました。

デスクトップPCへの波及効果

Pentium Mの高い省電力性と性能は、モバイルPCのみに留まりませんでした。一部のデスクトップPCにも搭載され、小型で静音性に優れたデスクトップPC構築を可能にしました。Pentium M対応のマザーボードも販売され、ユーザーはより多様な選択肢を持つことになりました。 台湾のASUSからは、デスクトップ用のSocket 478マザーボードでPentium Mを使用するためのCPU変換アダプタも発売されました。ただし、Intel SpeedStepテクノロジは公式には非対応でした。

抜本的な設計変更

Pentium Mのマイクロアーキテクチャは、Pentium 4などで採用されたNetBurstマイクロアーキテクチャとは大きく異なり、前世代のP6マイクロアーキテクチャをベースに、大幅な改良が施されました。主な改良点は以下の通りです。

Micro-OPs Fusion: メモリアクセスと演算を同時に行う命令などにおいて、従来は2つのμOPを生成していたものを1つのμOPとして処理することで、命令デコードの帯域を向上させ、実行ユニットの資源を節約しました。これはAMDのMacro-Op概念と類似した技術です。
分岐予測機構の改良: Pentium 4の分岐予測器をベースに、ループ検出器やレジスタ間接分岐予測のサポートを追加し、命令実行の効率を向上させました。
スタックポインタ操作専用ハードウェアの追加: スタックポインタを操作する命令(PUSH、POP、CALL、RETなど)を効率的に処理するための専用ハードウェア(スタックエンジン)を追加することで、バックエンドの実行ユニットの負担を軽減しました。
キャッシュとTLBの増量: L1命令キャッシュ、L1データキャッシュ、L2キャッシュ、TLBの容量を増加させ、データアクセス速度を向上させました。

これらの改良により、Pentium Mはクロックあたりの処理性能（IPC）を大幅に向上させました。高クロック化による性能向上ではなく、クロックあたりの効率を追求した設計は、モバイル環境に最適でした。約1.5倍のクロックのPentium 4と同等の性能を持つとされ、低消費電力による発熱の低減も大きなメリットでした。

Pentium Mの世代と進化

Pentium Mは、いくつかの世代にわたって進化を続けました。

第一世代“バニアス”(Banias): 130nmプロセスで製造され、拡張版Intel SpeedStepテクノロジ(EIST)に対応しました。
第二世代“ドーサン”(Dothan): 90nmプロセスで製造され、FSBが533MHzに向上した改良版(Dothan-533)も登場しました。Intel 915シリーズチップセットと組み合わせ、DDR2 SDRAMにも対応しました。915Gチップセットには、グラフィックス・メディア・アクセラレータ900(GMA 900)が統合されました。
* 後継マイクロアーキテクチャ“ヨナ”(Yonah): 2006年1月5日に発表された65nmプロセス、デュアルコアCPU。ブランド名がIntel Coreに変更されました。

競合製品と市場への影響

Pentium Mは、AMDのTurion 64などの競合製品を凌駕する性能と省電力性で市場を席巻しました。また、低価格版であるCeleron Mも提供されました。 Pentium Mは、モバイルPCのみならず、モバイル・オン・デスクトップ(MoDT)という新たな市場も創出しました。その成功は、後のモバイルCPU開発に大きな影響を与えたと言えるでしょう。

まとめ

Pentium Mは、単なるCPUではなく、モバイルコンピューティングの進化に大きく貢献した象徴的なプロセッサです。その革新的な設計思想、省電力性と高性能の両立、そしてCentrinoモバイルテクノロジとの連携は、モバイルPC市場の拡大に大きな役割を果たしました。 その後のIntel Coreシリーズへと受け継がれた技術は、現在でもモバイルコンピューティングを支え続けています。

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