PowerPC 970

PowerPC 970シリーズ



PowerPC 970シリーズは、IBMが2002年に発表した64ビットRISCマイクロプロセッサです。スーパースカラアーキテクチャを採用し、高性能な処理能力を実現しました。このシリーズは、IBMとAppleが共同で開発したもので、当初はAppleのPower Mac G5に搭載されました。

概要



PowerPC 970シリーズは、IBMとAppleが共同開発した「GP-UL」（Giga Processor Ultra Light）というプロジェクト名で開発されました。このコアは、IBMのPOWER4プロセッサをベースにしています。Appleは、Power Mac G5でこのプロセッサを採用し、長期的な採用を計画していましたが、実際には3年という短い期間で利用を終えました。IBMがプロセッサの高速化に失敗したことが、Appleが3GHzプロセッサの提供を断念する一因となりました。また、IBMはプロセッサの消費電力を十分に下げることができず、ポータブルコンピュータへの搭載は実現しませんでした。

PowerPCアーキテクチャは通常、ビッグエンディアンとリトルエンディアンを切り替えることができるバイエンディアンですが、PowerPC 970シリーズはビッグエンディアンのみをサポートするように設計されました。この変更により、リトルエンディアンモードを利用していたMicrosoft Virtual PCは設計変更を余儀なくされました。

IBMのブレードサーバや一部のワークステーション、ハイエンド組み込みシステムにもPowerPC 970シリーズは採用されました。ただし、Microsoft Xbox 360のXenonやCellプロセッサのPower Processing Element（PPE）とはマイクロアーキテクチャが異なり、単に64ビットPowerPC命令をサポートするという共通点があるのみです。

設計



PowerPC 970は、POWER4をシングルコアに簡素化したもので、32ビットと64ビットのPowerPC命令をネイティブに処理できます。アウト・オブ・オーダー実行可能な5-wayスーパースカラアーキテクチャを採用しており、主な仕様は以下の通りです。

  • - 命令フェッチ: クロックあたり8命令をフェッチ可能。
  • - 命令デコード: クロックあたり最大5命令をデコード/ディスパッチ。
  • - 内部命令: 複雑な命令は複数の内部命令に分解して実行。パイプラインのデコード段は4段。
  • - 命令グループ: デコードされた命令は最大5つのスロットを持つグループにまとめられ処理。
  • - 命令ディスパッチ: グループ単位でディスパッチ。一部命令がディスパッチできない場合、グループ全体のディスパッチがストール。
  • - 演算器: 10個の演算器を搭載し、最大10命令をアウト・オブ・オーダーで発行可能。
- 整数演算ユニット x2
- ロード・ストアユニット x2
- 浮動小数点演算ユニット x2
- VMXユニット x2
- 分岐処理ユニット x1
- 条件レジスタ命令処理ユニット x1
  • - GCT (Global Completion Table): 20エントリで、アウト・オブ・オーダー実行の状態を管理。
  • - 一次データキャッシュ: 32KB、2-wayセットアソシアティブ、ライトスルー。
  • - 一次命令キャッシュ: 64KB、ダイレクトマッピング。
  • - 二次キャッシュ: 512KB、コアの半分の速度で動作。
  • - フロントサイドバス: プロセッサコアの速度の半分の速度で動作する2本の32ビットバス。

プロセッサ一覧



PowerPC 970



2002年10月にIBMが発表した最初のモデルで、2003年6月にAppleのPower Mac G5に採用されました。1.6GHzから2.0GHzのクロック速度で動作し、512KBのL2キャッシュを搭載しています。

PowerPC 970FX



90nm SOIプロセスで製造され、消費電力が低減されました。2GHzで最大48Wを消費しますが、1GHz動作時には11Wにまで下がります。Appleの製品にも広く採用され、最高クロック2.5GHzのモデルも存在しました。

PowerPC 970MP



デュアルコアプロセッサで、各コアに1MBのL2キャッシュを搭載しています。90nm SOIプロセスで製造され、最大2.5GHzで動作します。Power Mac G5でPowerPC 970FXを置き換える形で採用されました。

PowerPC 970GX



PowerPC 970FXの後継モデルで、90nmプロセスで製造されたシングルコアプロセッサです。L2キャッシュは1MBに増加し、1.2GHz～2.5GHzで動作します。

PWRficient PA6T-1682M



P.A. Semi社が設計したSoCで、PowerPC 970の省電力な互換製品です。マイクロアーキテクチャは異なりますが、命令互換性があります。2GHzのデュアルコアCPUで、消費電力が低いのが特徴です。

経緯



P.A. Semiは、PWRficientプロセッサの先行試作品を2006年第3四半期に出荷する計画を発表した時、AppleがPowerBook G4後継機種に搭載するという噂がありました。しかし、Appleは「ワットあたりのパフォーマンス」を理由にIntelアーキテクチャに移行しました。その後、AppleはP.A. Semiを買収し、その技術をAppleシリコンの開発に活用しました。

システムコントローラ



PowerPC 970ベースのコンピュータには、以下の専用システムコントローラが使用されています。

  • - CPC925: Appleが設計したもので、130nmで製造。2本の550MHzプロセッサバスと400MHz DDRコントローラなどを搭載しています。
  • - CPC945: IBMが設計したもので、90nmで製造。2本の625MHzプロセッサバスと533MHz DDR2コントローラなどを搭載しています。
  • - CPC965: IBMが設計したもので、90nmで製造。低消費電力化が図られています。

脚注



[1] GFLOPS: 1秒間に実行できる浮動小数点演算の回数

関連項目




外部リンク




PowerPC 970シリーズは、その高性能な設計と技術により、多くのコンピュータシステムに採用されました。しかし、消費電力の問題やAppleの戦略変更により、短期間で利用が終了しました。それでも、その技術は後のプロセッサ開発に大きな影響を与えたと言えるでしょう。

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