R62号の発明
安部公房による短編小説『R62号の発明』（アールろくじゅうにごうのはつめい）は、1953年（昭和28年）に雑誌『文學界』で発表された作品です。しばしばSF小説として位置づけられる本作は、人間の「機械化」とテクノロジーがもたらす社会構造の変化を深く考察しています。
物語は、職を失い、絶望の淵から自殺を試みようとする一人の機械技師の姿を描くことから始まります。運河に身を投げようとした彼は、ある学生から声をかけられます。その学生は、奇妙な組織「国際秘密クラブ」のために自殺者の「死体」を買い集めるアルバイトをしていました。技師は、自らを「死体」として売ることに同意し、クラブの事務所へ向かいます。窓のない殺風景な部屋で拘束された彼は、やがて脳手術を施され、生きたまま人間ロボット「R62号」へと改造されます。
国際Rクラブの第一回大会で、R62号はお披露目されます。集まったのは、各界の有力者たちです。クラブの所長は、「人間は機械の優れた従僕となることこそが役割である」と主張し、将来的には大多数の人間をロボット化する計画の最初の成果としてR62号を紹介します。
R62号は、かつて技師が不当に解雇された会社である、経営難の高水製作所へと貸し出されることとなります。アメリカから新たな技術者が来ると期待していた高水社長はR62号を見て困惑しますが、「その頭脳は完全にアメリカ製だ」という所長の説明と、クラブ入会の条件提示に納得します。
数ヶ月後、R62号が開発した革新的な工作機械の試験運転が行われることになり、関係者が集まります。一方、工場の外では労働者たちが集結し、労働運動を展開していました。機械の起動スイッチが押されると、予期せぬ事態が発生します。高水社長が機械に巻き込まれ、R62号の説明通りに機械は動き続け、社長の指は次々と切断されます。血まみれになり追い詰められた社長は、工場に突入した労働者たちが配電盤を切断してくれることを願いますが、R62号の発明した機械は冷徹に動作を続け、社長は凄惨な最期を迎えます。
主要な登場人物には、物語の主人公であり、職を失った後にR62号となる「彼」、彼に声をかける国際Rクラブの「学生」、クラブの契約係「草井」、秘書の「花井」、そして組織を率いる「所長」がいます。ロボット化手術を行うのは世界的な脳外科医「ドクトル（ヘンリー石井）」であり、他にもロボット化された「助手と看護婦」などが登場します。物語の重要な人物として、かつて主人公を解雇し、物語の終盤でR62号の復讐の対象となる「高水社長」がいます。
本作は、多くの評論家によって様々な角度から論じられています。評論家の渡辺広士は、単なる人間と機械の対立ではなく、機械と化した人間が機械を創り出し、人間へ報復するという構成の中に、安部公房特有の複雑な思考を見出しています。彼はまた、作品に見られる「疎外」の概念や、人間が「物」に変容し、「観念が物質化する」という発想が、当時の現代科学から見て「未来に起こりうる可能性」を利用したSF的な側面を持つことを指摘します。しかし同時に、安部の作品は「人間中心主義への批判」を通じて、決して非人間主義に陥ることなく、人間の運命という根源的な問いを追求しており、その「動物・植物・鉱物主義」も、問題意識においては人間主義的であると評しています。
研究者のゴーシュ・ダスティダー・デバシリタは、本作の主要テーマとして、戦後日本の急速な産業復興とアメリカ技術導入が進む中で、「テクノロジーが人間世界を支配し始める」ことへの批判的な視点が明確に示されていると論じます。ロボットは、人間社会を抑圧し、労働力の尊厳を侵すものの比喩（メタファー）として機能していると分析します。デバシリタは、チェコの作家カレル・チャペックの戯曲『R.U.R.（ロッサム万能ロボット会社）』との共通点に触れつつ、『R62号の発明』は、一般的には意識されない機械の存在が、長期的に人間に与える影響や潜在的な脅威に対する警鐘であると述べています。「人間性の機械化」に焦点を当て、将来的な人間の危機を予言しているとし、機械であるロボットが人間の知識を具体化した存在であり、当初は忠実な存在でありながら、最終的には人間すら機械化の犠牲となるという逆説が描かれていると指摘します。そして、ロボットの発明が社会構造を変化させ、人間存在に関わる深刻な問題を浮き彫りにすることで、ロボットの役割が変化あるいは逆転していることを論じます。
さらにデバシリタは、主人公が無名であった状態から、ロボット化によってR62号として認識され、高水社長への復讐を果たすという構成を、高度に発展した産業社会において人間が無力化されていく様に対する風刺として捉えることも可能であると考察しています。
本作は、1956年に山内書店から単行本として刊行され、その後、新潮文庫にも収録され重版されています。1980年にはNHKラジオ第1にてラジオドラマ化もされており、佐藤慶がR62号役を演じるなど、著名な俳優が出演しました。このラジオドラマは、後に新潮カセットブックとしても販売されました。
あらすじ
物語は、職を失い、絶望の淵から自殺を試みようとする一人の機械技師の姿を描くことから始まります。運河に身を投げようとした彼は、ある学生から声をかけられます。その学生は、奇妙な組織「国際秘密クラブ」のために自殺者の「死体」を買い集めるアルバイトをしていました。技師は、自らを「死体」として売ることに同意し、クラブの事務所へ向かいます。窓のない殺風景な部屋で拘束された彼は、やがて脳手術を施され、生きたまま人間ロボット「R62号」へと改造されます。
国際Rクラブの第一回大会で、R62号はお披露目されます。集まったのは、各界の有力者たちです。クラブの所長は、「人間は機械の優れた従僕となることこそが役割である」と主張し、将来的には大多数の人間をロボット化する計画の最初の成果としてR62号を紹介します。
R62号は、かつて技師が不当に解雇された会社である、経営難の高水製作所へと貸し出されることとなります。アメリカから新たな技術者が来ると期待していた高水社長はR62号を見て困惑しますが、「その頭脳は完全にアメリカ製だ」という所長の説明と、クラブ入会の条件提示に納得します。
数ヶ月後、R62号が開発した革新的な工作機械の試験運転が行われることになり、関係者が集まります。一方、工場の外では労働者たちが集結し、労働運動を展開していました。機械の起動スイッチが押されると、予期せぬ事態が発生します。高水社長が機械に巻き込まれ、R62号の説明通りに機械は動き続け、社長の指は次々と切断されます。血まみれになり追い詰められた社長は、工場に突入した労働者たちが配電盤を切断してくれることを願いますが、R62号の発明した機械は冷徹に動作を続け、社長は凄惨な最期を迎えます。
登場人物
主要な登場人物には、物語の主人公であり、職を失った後にR62号となる「彼」、彼に声をかける国際Rクラブの「学生」、クラブの契約係「草井」、秘書の「花井」、そして組織を率いる「所長」がいます。ロボット化手術を行うのは世界的な脳外科医「ドクトル（ヘンリー石井）」であり、他にもロボット化された「助手と看護婦」などが登場します。物語の重要な人物として、かつて主人公を解雇し、物語の終盤でR62号の復讐の対象となる「高水社長」がいます。
作品評価・解釈
本作は、多くの評論家によって様々な角度から論じられています。評論家の渡辺広士は、単なる人間と機械の対立ではなく、機械と化した人間が機械を創り出し、人間へ報復するという構成の中に、安部公房特有の複雑な思考を見出しています。彼はまた、作品に見られる「疎外」の概念や、人間が「物」に変容し、「観念が物質化する」という発想が、当時の現代科学から見て「未来に起こりうる可能性」を利用したSF的な側面を持つことを指摘します。しかし同時に、安部の作品は「人間中心主義への批判」を通じて、決して非人間主義に陥ることなく、人間の運命という根源的な問いを追求しており、その「動物・植物・鉱物主義」も、問題意識においては人間主義的であると評しています。
研究者のゴーシュ・ダスティダー・デバシリタは、本作の主要テーマとして、戦後日本の急速な産業復興とアメリカ技術導入が進む中で、「テクノロジーが人間世界を支配し始める」ことへの批判的な視点が明確に示されていると論じます。ロボットは、人間社会を抑圧し、労働力の尊厳を侵すものの比喩（メタファー）として機能していると分析します。デバシリタは、チェコの作家カレル・チャペックの戯曲『R.U.R.（ロッサム万能ロボット会社）』との共通点に触れつつ、『R62号の発明』は、一般的には意識されない機械の存在が、長期的に人間に与える影響や潜在的な脅威に対する警鐘であると述べています。「人間性の機械化」に焦点を当て、将来的な人間の危機を予言しているとし、機械であるロボットが人間の知識を具体化した存在であり、当初は忠実な存在でありながら、最終的には人間すら機械化の犠牲となるという逆説が描かれていると指摘します。そして、ロボットの発明が社会構造を変化させ、人間存在に関わる深刻な問題を浮き彫りにすることで、ロボットの役割が変化あるいは逆転していることを論じます。
さらにデバシリタは、主人公が無名であった状態から、ロボット化によってR62号として認識され、高水社長への復讐を果たすという構成を、高度に発展した産業社会において人間が無力化されていく様に対する風刺として捉えることも可能であると考察しています。
関連情報
本作は、1956年に山内書店から単行本として刊行され、その後、新潮文庫にも収録され重版されています。1980年にはNHKラジオ第1にてラジオドラマ化もされており、佐藤慶がR62号役を演じるなど、著名な俳優が出演しました。このラジオドラマは、後に新潮カセットブックとしても販売されました。
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