RD-170

RD-170ロケットエンジン

RD-170は、ロシアのNPOエネゴマシュによって設計・製造された液体燃料ロケットエンジンです。燃料にケロシン、酸化剤に液体酸素を使用する二液式推進系で、効率の高い二段燃焼サイクルを採用しています。このエンジン最大の特色は、1基の強力なターボポンプが、複数の燃焼室とノズルに推進剤を供給する多室式構造である点です。これは、世界でも有数の推力を誇るロケットエンジンの一つです。

構造と動作原理

RD-170は、あたかも4つのエンジンが並んでいるかのように見えますが、実際には1台の大型ターボポンプと、それに接続された4つの燃焼室、そして4つのノズルで構成される一体のユニットです。このターボポンプは非常に強力で、その出力は190 MW、すなわち約257,000馬力にも達し、これは原子力砕氷船およそ3隻分の合計出力に匹敵します。推進剤はまず予燃焼室に送られ、ここで少量の燃料と酸化剤の大部分が反応し、ターボポンプを駆動するための高温・高圧ガスを生成します。この駆動ガスと残りの燃料は、主燃焼室で合流し、完全燃焼して推力を生み出します。主燃焼室の燃焼圧力は非常に高く、最大で25MPaに達します。この高圧環境は開発初期に多くの技術的な課題をもたらしました。スペースシャトルの主エンジンでも約22MPaだったことからも、その圧力が尋常でないことがわかります。エンジンの姿勢制御は、ノズルを機械的に動かすジンバル方式で行われます。また、一段目エンジンとしては珍しく、出力を74%まで絞って運転することが可能です。

開発経緯

RD-170およびその派生型RD-171の開発は1975年にスタートしました。それまでソ連のロケットで多用されていた毒性の高い推進剤から脱却し、比較的環境負荷が少なく、かつ高い比推力を持つ液体酸素・ケロシン推進系を用いることが目的でした。当初、エネルギアロケットのブースターとして開発され、最大10回の再使用が想定されていました。試作エンジンは繰り返しの着火試験を含む、延べ10万秒にも及ぶ豊富な地上試験を経て、高い信頼性を確立しました。RD-171は1985年4月にゼニットロケットの初打ち上げで実戦投入され、RD-170は1987年と1988年にエネルギアの打ち上げに使用されました。RD-171はその後、シーローンチ社のゼニット3SLロケットでも長年運用されました。

設計思想：共用ターボポンプと酸素リッチサイクル

RD-170に採用されている、単一ターボポンプで複数の燃焼室を賄う設計は、ソ連・ロシアの大型液体燃料エンジンに共通する特徴です。これは、1950年代に大型燃焼室で発生した燃焼振動問題を解決するために生まれた設計思想が基になっており、小型の燃焼室を複数使用することで開発リスクを分散する効果がありました。さらに、複数の燃焼室を持つことで、万が一一つの燃焼室に不具合が生じても、他の燃焼室でカバーすることでミッション継続の可能性を高めるなど、システムの冗長性・信頼性向上にも寄与しています。また、RD-170は「酸素リッチ」な二段燃焼サイクルを採用しています。これは、タービンを駆動するガスが酸化剤を多く含むため、材料などの技術的な難易度が高い方式ですが、より高い性能を引き出せるメリットがあります。旧ソ連・ロシア以外の国でこの酸素リッチサイクルを実用化した例は他にありません。

主な派生型

RD-170の生産は終了していますが、その技術を基にした多くの派生型が現在も活躍しています。

RD-171: ゼニットロケット向け。RD-170がノズルを1軸方向にのみ動かせたのに対し、RD-171は2軸方向に制御可能です。推力が増強された型も存在します。
RD-171MV: ロシアで開発中の新型中型ロケット「ソユーズ5」用に開発されています。将来的にはゼニットロケットでRD-171の代替として使用される計画もあります。
RD-180: 燃焼室を2基とした派生型。アメリカのアトラスIIIおよびアトラスVロケットに採用され、従来の3基構成エンジンを1基で置き換え、性能向上とコスト削減を実現しました。
RD-191: 燃焼室を1基とした派生型。ロシアの新型ロケット「アンガラ」シリーズの主要エンジンとして開発されました。
RD-151: RD-191の推力を減力したタイプ。韓国の「羅老」ロケットの第1段として使用され、韓国の宇宙開発技術発展に貢献しました。

主要緒元 (RD-170)

燃焼室/ノズル数: 4 / 4
ターボポンプ出力: 192 MW (257,000 hp)
推力 (海面高度/真空中): 7,257 kN / 7,904 kN
比推力 (海面高度/真空中): 309 s / 337 s
乾燥重量: 9,750 kg
推力/重量比 (海面高度/真空中): 75.9 / 82.7
点火方式: 着火時のみ自己着火性推進剤を使用

RD-170とその革新的な設計思想は、現代の大型ロケットエンジンの基礎となり、その派生型は今なお世界の宇宙輸送を支える重要な技術となっています。

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