TREASURES

山下達郎の軌跡を凝縮した珠玉のベスト盤『TREASURES』

1995年11月13日、山下達郎のキャリアにおいて記念碑的な作品となる初のベストアルバム『TREASURES』がリリースされました。ムーン・レーベル移籍後12年、数々の名曲を世に送り出してきた彼が、自身の代表曲の数々を精選したこのアルバムは、単なるベスト盤の枠を超えた、彼の音楽人生の縮図と言えるでしょう。

制作背景：オリジナルアルバム計画からの転換

実は『TREASURES』のリリースは、当初予定されていたオリジナルアルバム『Dreaming Boy』の発売延期という、ある意味意外な経緯から誕生しました。『Dreaming Boy』は完成間近まで制作が進んでいたものの、タイアップ予定だった二つの企画が延期になったことで、アルバムリリース自体も先送りとなります。その状況を受けてワーナーミュージックジャパンからベスト盤制作の打診があり、最初は乗り気ではなかった山下達郎も、同時期に決定したドラマ『ベストフレンド』主題歌「世界の果てまで」のリリースを機に、ベストアルバム制作を決意しました。

当初は「DOWN TOWN」や「RIDE ON TIME」なども収録候補に挙がっていたものの、最終的には選曲に苦慮。特に曲順については、山下達郎本人のみならず、妻である竹内まりやにも協力を仰ぎ、細心の注意を払って決定されました。1曲目と2曲目には、アナログ・マスターを使用している「高気圧ガール」と「スプリンクラー」が配置され、その後の曲順は、曲調やコード進行などを考慮して、まりやの意見も参考にしながら決定されています。

選曲と収録楽曲：時代を彩る名曲の数々

『TREASURES』には、「クリスマス・イブ」「ゲット・バック・イン・ラブ」といった誰もが知る代表曲から、「スプリンクラー」「踊ろよ、フィッシュ」といった初CD化となる楽曲まで、幅広い楽曲が収録されています。さらに、大瀧詠一による「パレード」のリミックスバージョンも収録されており、山下達郎自身による全曲作詞・作曲という、彼にとって初の試みとなるアルバムとなりました。

それぞれの楽曲には、制作秘話やエピソードが数多く存在します。「高気圧ガール」のアカペライントロや、「スプリンクラー」の雨音SE、そして「ゲット・バック・イン・ラブ」制作時の「夏だ海だタツローだ」という固定観念からの脱却など、楽曲制作の裏側を知ることで、音楽への深い愛情とこだわりを感じ取ることができます。「風の回廊」では自身初となるデジタルレコーディングに挑戦し、「アトムの子」は手塚治虫へのトリビュートとして短期間で書き上げられました。「土曜日の恋人」は1960年代の音楽へのオマージュでありながら、当時の音楽シーンへの葛藤が感じられます。「ジャングル・スウィング」は日産スカイラインのCMソングとして制作され、黒澤明監督作品へのオマージュも含まれています。「世界の果てまで」はドラマ主題歌として制作され、作家的な視点が色濃く反映された楽曲です。「おやすみロージー」は鈴木雅之への提供曲のセルフカバーであり、「クリスマス・イブ」はバロック音楽の要素を取り入れた名曲です。「さよなら夏の日」は高校時代の思い出を元に制作され、全演奏を自身一人で行ったシングルでもあります。「蒼氓」はシングルカットされなかったものの、山下の思想信条を最もよく表す楽曲として収録されました。「パレード」は、大瀧詠一によるリミックスバージョンで収録されており、まさにこのアルバムに相応しい締めくくりとなっています。

アートワークとパッケージ：ファミコン通信とのコラボレーション

アルバムジャケットは、イラストレーターの松下進によるイラストが使用されています。当時、松下進が表紙イラストを担当していた雑誌『ファミコン通信』とのコラボレーションとして、雑誌のキャラクター「Necky」が、ジャケットと同じコスプレで表紙を飾ったことも話題となりました。初回盤は三方背ボックス仕様で、ミリオンセラーを記録したことも記憶に新しいです。

『TREASURES』の意義

『TREASURES』は、単なるベストアルバムという枠を超え、山下達郎の音楽キャリアにおける重要な転換点となりました。オリジナルアルバム制作の延期という困難を乗り越え、新たな試みと、これまで培ってきた音楽性を見事に融合させた、まさに「宝物」と言える作品です。このアルバムを聴くことで、山下達郎というアーティストの深遠で多様な魅力を改めて感じることができるでしょう。そして、その後の作品への繋がる、重要なステップとなった作品でもあるのです。

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