VTB
VTB銀行は、ロシアの首都モスクワに本部を置くメガバンクです。その歴史は古く、戦間期に設立された外国貿易銀行にその起源を見出すことができます。ソ連時代のペレストロイカ期の混乱を経て、1990年に現在のVTB銀行が設立されました。現在では、世界19カ国で事業を展開する多国籍な金融グループへと成長しています。
VTBの前身となる金融機関の萌芽は、ネップ（新経済政策）初期の1922年に設立されたロシア商業銀行にあります。この銀行は株式会社形式を取り、ソ連国家銀行（ゴスバンク）と外国資本が共同で参加していました。設立目的は対外債務の誘致や貿易関連の為替業務でしたが、実際には個人との外貨取引など、貿易以外の金融取引が主でした。本来の貿易金融はゴスバンクが担っていたのです。1923年から翌年にかけて、ソ連政府はスウェーデンが保有していたロシア商業銀行の株式の一部を買い取り、これを再編成して新たに外国貿易銀行（Vneshtorgbank）を設立しました。これが、今日のVTB銀行へと繋がる原点となります。
当時のソ連政府の対外経済活動の主軸は露亜銀行にありましたが、この銀行は間もなく清算されてしまいます。1925年には、ソ連政府がパリにあった北欧商業銀行（Banque Commerciale pour l'Europe du Nord – Eurobank）を買収しました。この銀行の資本金はゴスバンクと外国貿易銀行によって全額ソ連から供給され、経営も自己資金のみで行われていました。北欧商業銀行の取締役には、ロスチャイルド家と姻戚関係にあったヴォルム銀行に通じる銀行家、ディミトリ・ナヴァシンが名を連ねていました。彼は後に反共組織に関与し、鉄鋼企業の所有するビル爆破事件を起こしています。世界恐慌やヴィシー政権下における北欧商業銀行の活動状況は、詳細が明らかになっていません。
第二次世界大戦後、朝鮮戦争勃発に伴う米ソ関係の悪化を受け、社会主義陣営はアメリカにあった資産をすべて引き揚げ、北欧商業銀行とロンドンのナロードニキ銀行（Moscow Narodny Bank Limited）支店に集めました。両行は食糧調達のために、1963年から2年間にわたり約500トンの金を放出しています。ドルショック時には外貨を借り入れて困難を乗り切りましたが、1978年から1982年にかけての不作時には、再び多量の金を売却せざるを得ませんでした。
1961年1月、外国貿易銀行は外国為替専門銀行へと改組されました。それまで主要な外国為替・金融業務はゴスバンクの一部門が担っていましたが、この部門が専門銀行に移管され、専門銀行はゴスバンクやその系列の在外銀行と連携して、政府の貿易金融を担うことになりました。この専門銀行が、ペレストロイカ期の1987年にソ連対外経済関係銀行（Vnesheconombank、通称ロシア開発銀行）へと発展します。
ロシア開発銀行は公企業と連携し、多くの系列銀行を設立しました。これらの銀行には特権が与えられ、ソ連政府から低金利で資金を借り入れ、それを企業家へ高金利で貸し付けました。ロシア開発銀行の資金源は政府だけではなく、その定款に見られるように、ソ連国内の輸入者と国際金融市場を仲介する役割も果たしていました。さらに、定款で認められた範囲を超えて西欧の銀行に資金調達を依存するようになります。利ざやの行方は不明なまま、1991年末のソビエト連邦崩壊時には、ロシア開発銀行は650万ドルの債務不履行に陥っていました。
ソ連崩壊後、ロシア連邦はゴスバンクの国内支店を基に中央銀行を設立しました。1990年10月、この中央銀行はロシア開発銀行に国家債務を引き継がせ、再編してVTB銀行が誕生します。2001年末の時点で、VTBはロシア国内銀行で資本金規模が第2位、BIS規制上のティア1資産保有高では首位に立つ主要銀行となっていました。発足からこの時点まで、VTBは33の支店と4つの系列銀行を持つ純粋な商業銀行であり、貿易業務はバランスシートのわずか8%を占めるに過ぎませんでした。ロシア財政危機を乗り越えられたのは、国内の大手銀行と同様に政府による預金保証があったためでした。しかし、2001年末、プーチン政権はVTBを経済成長の妨げと見なし、さらなる政府統制強化を目指す改革案を示しました。VTB株の40%を国有化し、残り約20%を欧州復興開発銀行に3億ドルで引き受けさせるという内容でした。これに対し、中央銀行は強く反発し、2002年遅くまで駆け引きが続きましたが、最終的にはプーチン大統領が主導権を握りました。中央銀行はVTBを政府へ譲渡し、その対価として13億ドル相当の財務省証券と、ロシア開発銀行が保有していた3.5億ドル相当の社債を受け取りました。
VTBは2004年に経営破綻したグタ銀行を買収し、2005年にはリテール業務を専門とするVTB24として再生させました（この再生はミハイル・ザドルノフ氏によって主導されました）。翌2005年には、ゴスバンクの国際的な事業を次々と吸収合併しました。サンクトペテルブルクのPSB（Promstroybank）を買収し、ナロードニキ銀行も傘下に収め、これをVTBキャピタルとしました。VTBはロシアの銀行として初めて中国での営業許可を取得し、支店を開設します。2005年にはさらに、フランクフルトの東西銀行（Ost-West Handelsbank）やルクセンブルクの東西統合銀行（East-West United Bank）を買収し、ゴスバンクと専門銀行が1974年に設立していたドナウ銀行（Donau Bank）も完全に支配下に置きました。2005年から2006年にかけて、VTBは資本金を倍増させ、収益を二割以上増加させるなど大きく拡大しました。当初は銀行法や独占禁止法の適用を受けない国策会社のような位置づけでしたが、2007年に開発銀行法が成立し、その法的根拠が明確になりました。同2007年、VTBはモスクワとロンドンで株式公開（IPO）を実施し、発行済株式総数の22.5%を売却して80億ドルを調達しました。
VTB本体は、旧ナロードニキ銀行を起源とするVTBキャピタルと連携していましたが、2009年初めにはロンドンの旧ロイズ本部の建物を買い取り、百人以上の従業員を確保するなど体制を強化しました。しかし、この時期は世界金融危機がロシア経済を直撃した頃でした。同年夏には、VTBは260億ルーブル（約8.12億ドル）の債務超過に陥りました。これに対し、政府は比較的経営に余力のあるVTBに対して、国内企業への救済融資を行わせました。VTBの株価はIPO時の23%にまで暴落しました。年末にはVTBの対外債務が90億ドルに達し、このうち24億ドルの返済のために公的資金（税金）が投入されました。2010年夏までに、VTBキャピタルは海外に4つの支店を開設し、ロシアの外債発行における主要な主幹事となり、まもなくロシア企業の株式発行市場でも第一人者となります。VTB本体に対しては、2010年までに合計1800億ルーブル（約58.4億ドル）もの税金が投入されていました。これらの公的支援の結果、2002年には40億から60億ドル程度だった総資産額は、この時期までに1200億ドル規模にまで膨張しました。また、「南下政策」と呼ばれるアジアへの事業展開により多くのアジア投資家を呼び込み、ヘッジファンドへの過度な依存状態は解消されていきました。
2011年、VTBはモスクワ銀行（Bank of Moscow）を敵対的に買収しました。モスクワ市に対して1030億ルーブル（約32億ドル）を支払い、モスクワ銀行株の46%に加え、最終的に支配率を75%まで引き上げる権利を獲得したのです。モスクワ銀行が抱える多額の不良債権は、内部者取引によるものと報道されており、この買収がロシアの預金保証制度に悪影響を与えるのではないかとの懸念が表明されました。2012年1月19日付のザ・モスクワ・タイムズ紙の報道によれば、VTBが政府保証による低金利での140億ドルの資金調達を要望したことに対し、プーチン大統領は年次会議で、同行は問題を自力で解決すべきだとする趣旨の厳しい言葉を投げかけました。VTBの株価はこの頃には回復していましたが、それでもIPO時の価格の半分程度にとどまっていました。同年2月には、個人投資家が購入したVTB株を、一人当たり50万ルーブルを上限として、IPO価格で買い戻すことが決定されました。VTBの株式の4分の3が連邦政府の所有であったことから、この配当実現には政府の介入があったことをプーチン大統領は強調しました。実際、個人投資家の65%がこの自社株償却に応募し、VTBは総額114億ルーブル（約3.85億ドル）を支払いました。
VTBは2012年も引き続き海外進出に積極的な姿勢を見せました。ブラックストーン系の投資銀行であるエヴァコア（Evercore Partners）と提携し、マイケル・ミルケンのドレクセルが行ったような大規模取引をロシアと北米の間で展開しようとしました。ブラジルのBTG（BTG Pactual）とも同様の協力関係を結んでいます。バンク・オブ・アメリカ出身の副社長、リカルド・オルセル氏が一連の国際的なビジネス交渉を指揮しました。VTBをアジアの主要都市で売り込むため、メリルリンチ、ゴールドマン・サックス、スイスのUBSなどから精鋭チームを招聘しました。
しかし、香港、シンガポール、上海、北京といったアジアの主要都市での事業圏拡大は、欧米諸国との経済的な摩擦を引き起こす要因ともなりました。2013年、VTBは新株発行を行いました。その結果、議決権のある株式における連邦政府の保有比率は60.93%に減少しましたが、普通株を含めた全体の保有比率は85.27%を維持しました。VTBは高所得者向けのプライベートバンキング業務に注力するとともに、レト銀行を買収した後には、個人顧客向けサービスを拡充していく中期計画も策定しました。しかし、この個人向けビジネスへの注力は、翌年の国際情勢の変化によって思わぬ打撃を受けることとなります。
2014年のウクライナ騒乱の後、VTBはアメリカ市民に対する新規融資を停止しました。これに対し、アメリカ合衆国財務省は同年7月に報復としてVTBに制裁措置を発動しました。イギリスとアメリカはロシアを国際銀行間通信協会（SWIFT）のネットワークから排除しようと働きかけ、ロシア側はSWIFTに代わる独自の決済システムを構築すると公言して対抗しました。しかし、SWIFT協会側がロシア排除に難色を示すなどしたため、この件は現時点では進展が見られていません。
VTB24は、この制裁措置が事業に大きな痛手を与えたことを認め、2015年には国内の55以上の支店や事務所を閉鎖すると発表しました。また、リテール部門は、政府による住宅ローンの保証がなければ、モーゲージ債の発行額を60%削減すると表明しました。VTB本体は、バランスシートを維持するために政府から2140億ルーブル（約34億ドル）を借り入れる一方、国家福祉基金からも1000億ルーブル（約16億ドル）を借り入れ、金融投資業務に充当しました。これらの社債発行による資金のうち、大部分にあたる3070億ルーブル（約46億ドル）は後に優先株に転換されました。
2016年には、VTBのデータセンターであるMultiCarta Ltd.がApple PayとSamsung Payの決済サービスを開始しました。同年5月には、VTBがモスクワ銀行を完全に吸収合併しました。9月19日、アメリカの商品先物取引委員会（CFTC）は、VTBとVTBキャピタルが反競争的な架空のブロック取引を行ったとして、両行に連帯責任として500万ドルの民事賠償を課しました。同年12月には、VTBが日本の三井住友銀行と業務提携の調整を進めていることが明らかになりました。2017年1月には、ロシア中央銀行がブロックチェーン技術の導入に向けて具体的な動きを見せ始め、同行が設立したフィンテック協会にはアルファ銀行やVTBも加盟しました。同年3月、VTBはインドから事業を撤退しました。10月には、VTBキャピタルがブラジルのヴィラコッポス国際空港の買収を計画していることが報じられました。
VTBの前身であるソ連対外経済関係銀行（ロシア開発銀行）の役割は、1988年の定款に詳細に記されていました。定款には、「輸出入、および非商業活動などから生じるソ連の国際決済を組織し実施する」ことや、「ソ連の対外取引に必要な信用供与を行い、（中略）ソ連通貨、および外貨での資金調達を行う」といった業務が規定されていました。また、「国際市場において、金銀プラチナその他の貴金属、自然貴石、または貴金属や貴石から作られる物品を売買する。また貴金属を口座/預金として預かり、国際銀行業務の慣例に従いこれらの貴重品に関するほかの業務を行う」「ソ連の領土内の団体および個人に対し、外貨建て支払書類ならびに他の外国為替に相当する貴重品を売買する」といった貴金属や外貨建て資産の取引に関する規定もあり、国際証券集中保管機関のような性質も持ち合わせていたことが伺えます。さらに、ペレストロイカ期における外貨の利用と配分を管理する権限も強く、「ソ連の経済的、社会的発展のための国家計画、（中略）合同の外国為替計画の作成、および製品の輸出入量の決定に参加する。また、外国為替による収益や、銀行業部関連支出に関する提案書を作成する」権限や、「外国為替計画、（中略）ソ連の外国通貨資源の正当かつ合理的利用に対する決定権を有する」といった広範な権限が付与されていました。ジョイントベンチャーの設立に関する業務も規定されており、同行は中東や中米のオイルマネーと結びつき、グローバルな事業展開を図りました。その歴史的な例としては、アーマンド・ハマーや、技術吸収を目的としたベクテルとの提携が挙げられます。
2022年2月24日、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始しました。これに対し、アメリカ合衆国や欧州連合諸国は、ロシアに対する経済制裁として、VTBを含む一部のロシアの主要銀行をSWIFTのネットワークから排除することを決定しました。これにより、これらの銀行は国際的な決済システムから事実上遮断されることとなりました。民間の企業もロシアでのサービス提供の見直しを進めており、例えばアップル社はVTBが提供していたApple Pay決済サービスが2月末までに使用不能になったことを確認しました。また、VTB自身の発表によれば、同行が提供するモバイルアプリケーションも間もなく機能しなくなる状況となっています。
VTBの前身となる金融機関の萌芽は、ネップ（新経済政策）初期の1922年に設立されたロシア商業銀行にあります。この銀行は株式会社形式を取り、ソ連国家銀行（ゴスバンク）と外国資本が共同で参加していました。設立目的は対外債務の誘致や貿易関連の為替業務でしたが、実際には個人との外貨取引など、貿易以外の金融取引が主でした。本来の貿易金融はゴスバンクが担っていたのです。1923年から翌年にかけて、ソ連政府はスウェーデンが保有していたロシア商業銀行の株式の一部を買い取り、これを再編成して新たに外国貿易銀行（Vneshtorgbank）を設立しました。これが、今日のVTB銀行へと繋がる原点となります。
当時のソ連政府の対外経済活動の主軸は露亜銀行にありましたが、この銀行は間もなく清算されてしまいます。1925年には、ソ連政府がパリにあった北欧商業銀行（Banque Commerciale pour l'Europe du Nord – Eurobank）を買収しました。この銀行の資本金はゴスバンクと外国貿易銀行によって全額ソ連から供給され、経営も自己資金のみで行われていました。北欧商業銀行の取締役には、ロスチャイルド家と姻戚関係にあったヴォルム銀行に通じる銀行家、ディミトリ・ナヴァシンが名を連ねていました。彼は後に反共組織に関与し、鉄鋼企業の所有するビル爆破事件を起こしています。世界恐慌やヴィシー政権下における北欧商業銀行の活動状況は、詳細が明らかになっていません。
第二次世界大戦後、朝鮮戦争勃発に伴う米ソ関係の悪化を受け、社会主義陣営はアメリカにあった資産をすべて引き揚げ、北欧商業銀行とロンドンのナロードニキ銀行（Moscow Narodny Bank Limited）支店に集めました。両行は食糧調達のために、1963年から2年間にわたり約500トンの金を放出しています。ドルショック時には外貨を借り入れて困難を乗り切りましたが、1978年から1982年にかけての不作時には、再び多量の金を売却せざるを得ませんでした。
1961年1月、外国貿易銀行は外国為替専門銀行へと改組されました。それまで主要な外国為替・金融業務はゴスバンクの一部門が担っていましたが、この部門が専門銀行に移管され、専門銀行はゴスバンクやその系列の在外銀行と連携して、政府の貿易金融を担うことになりました。この専門銀行が、ペレストロイカ期の1987年にソ連対外経済関係銀行（Vnesheconombank、通称ロシア開発銀行）へと発展します。
ロシア開発銀行は公企業と連携し、多くの系列銀行を設立しました。これらの銀行には特権が与えられ、ソ連政府から低金利で資金を借り入れ、それを企業家へ高金利で貸し付けました。ロシア開発銀行の資金源は政府だけではなく、その定款に見られるように、ソ連国内の輸入者と国際金融市場を仲介する役割も果たしていました。さらに、定款で認められた範囲を超えて西欧の銀行に資金調達を依存するようになります。利ざやの行方は不明なまま、1991年末のソビエト連邦崩壊時には、ロシア開発銀行は650万ドルの債務不履行に陥っていました。
ソ連崩壊後、ロシア連邦はゴスバンクの国内支店を基に中央銀行を設立しました。1990年10月、この中央銀行はロシア開発銀行に国家債務を引き継がせ、再編してVTB銀行が誕生します。2001年末の時点で、VTBはロシア国内銀行で資本金規模が第2位、BIS規制上のティア1資産保有高では首位に立つ主要銀行となっていました。発足からこの時点まで、VTBは33の支店と4つの系列銀行を持つ純粋な商業銀行であり、貿易業務はバランスシートのわずか8%を占めるに過ぎませんでした。ロシア財政危機を乗り越えられたのは、国内の大手銀行と同様に政府による預金保証があったためでした。しかし、2001年末、プーチン政権はVTBを経済成長の妨げと見なし、さらなる政府統制強化を目指す改革案を示しました。VTB株の40%を国有化し、残り約20%を欧州復興開発銀行に3億ドルで引き受けさせるという内容でした。これに対し、中央銀行は強く反発し、2002年遅くまで駆け引きが続きましたが、最終的にはプーチン大統領が主導権を握りました。中央銀行はVTBを政府へ譲渡し、その対価として13億ドル相当の財務省証券と、ロシア開発銀行が保有していた3.5億ドル相当の社債を受け取りました。
VTBは2004年に経営破綻したグタ銀行を買収し、2005年にはリテール業務を専門とするVTB24として再生させました（この再生はミハイル・ザドルノフ氏によって主導されました）。翌2005年には、ゴスバンクの国際的な事業を次々と吸収合併しました。サンクトペテルブルクのPSB（Promstroybank）を買収し、ナロードニキ銀行も傘下に収め、これをVTBキャピタルとしました。VTBはロシアの銀行として初めて中国での営業許可を取得し、支店を開設します。2005年にはさらに、フランクフルトの東西銀行（Ost-West Handelsbank）やルクセンブルクの東西統合銀行（East-West United Bank）を買収し、ゴスバンクと専門銀行が1974年に設立していたドナウ銀行（Donau Bank）も完全に支配下に置きました。2005年から2006年にかけて、VTBは資本金を倍増させ、収益を二割以上増加させるなど大きく拡大しました。当初は銀行法や独占禁止法の適用を受けない国策会社のような位置づけでしたが、2007年に開発銀行法が成立し、その法的根拠が明確になりました。同2007年、VTBはモスクワとロンドンで株式公開（IPO）を実施し、発行済株式総数の22.5%を売却して80億ドルを調達しました。
VTB本体は、旧ナロードニキ銀行を起源とするVTBキャピタルと連携していましたが、2009年初めにはロンドンの旧ロイズ本部の建物を買い取り、百人以上の従業員を確保するなど体制を強化しました。しかし、この時期は世界金融危機がロシア経済を直撃した頃でした。同年夏には、VTBは260億ルーブル（約8.12億ドル）の債務超過に陥りました。これに対し、政府は比較的経営に余力のあるVTBに対して、国内企業への救済融資を行わせました。VTBの株価はIPO時の23%にまで暴落しました。年末にはVTBの対外債務が90億ドルに達し、このうち24億ドルの返済のために公的資金（税金）が投入されました。2010年夏までに、VTBキャピタルは海外に4つの支店を開設し、ロシアの外債発行における主要な主幹事となり、まもなくロシア企業の株式発行市場でも第一人者となります。VTB本体に対しては、2010年までに合計1800億ルーブル（約58.4億ドル）もの税金が投入されていました。これらの公的支援の結果、2002年には40億から60億ドル程度だった総資産額は、この時期までに1200億ドル規模にまで膨張しました。また、「南下政策」と呼ばれるアジアへの事業展開により多くのアジア投資家を呼び込み、ヘッジファンドへの過度な依存状態は解消されていきました。
2011年、VTBはモスクワ銀行（Bank of Moscow）を敵対的に買収しました。モスクワ市に対して1030億ルーブル（約32億ドル）を支払い、モスクワ銀行株の46%に加え、最終的に支配率を75%まで引き上げる権利を獲得したのです。モスクワ銀行が抱える多額の不良債権は、内部者取引によるものと報道されており、この買収がロシアの預金保証制度に悪影響を与えるのではないかとの懸念が表明されました。2012年1月19日付のザ・モスクワ・タイムズ紙の報道によれば、VTBが政府保証による低金利での140億ドルの資金調達を要望したことに対し、プーチン大統領は年次会議で、同行は問題を自力で解決すべきだとする趣旨の厳しい言葉を投げかけました。VTBの株価はこの頃には回復していましたが、それでもIPO時の価格の半分程度にとどまっていました。同年2月には、個人投資家が購入したVTB株を、一人当たり50万ルーブルを上限として、IPO価格で買い戻すことが決定されました。VTBの株式の4分の3が連邦政府の所有であったことから、この配当実現には政府の介入があったことをプーチン大統領は強調しました。実際、個人投資家の65%がこの自社株償却に応募し、VTBは総額114億ルーブル（約3.85億ドル）を支払いました。
VTBは2012年も引き続き海外進出に積極的な姿勢を見せました。ブラックストーン系の投資銀行であるエヴァコア（Evercore Partners）と提携し、マイケル・ミルケンのドレクセルが行ったような大規模取引をロシアと北米の間で展開しようとしました。ブラジルのBTG（BTG Pactual）とも同様の協力関係を結んでいます。バンク・オブ・アメリカ出身の副社長、リカルド・オルセル氏が一連の国際的なビジネス交渉を指揮しました。VTBをアジアの主要都市で売り込むため、メリルリンチ、ゴールドマン・サックス、スイスのUBSなどから精鋭チームを招聘しました。
しかし、香港、シンガポール、上海、北京といったアジアの主要都市での事業圏拡大は、欧米諸国との経済的な摩擦を引き起こす要因ともなりました。2013年、VTBは新株発行を行いました。その結果、議決権のある株式における連邦政府の保有比率は60.93%に減少しましたが、普通株を含めた全体の保有比率は85.27%を維持しました。VTBは高所得者向けのプライベートバンキング業務に注力するとともに、レト銀行を買収した後には、個人顧客向けサービスを拡充していく中期計画も策定しました。しかし、この個人向けビジネスへの注力は、翌年の国際情勢の変化によって思わぬ打撃を受けることとなります。
2014年のウクライナ騒乱の後、VTBはアメリカ市民に対する新規融資を停止しました。これに対し、アメリカ合衆国財務省は同年7月に報復としてVTBに制裁措置を発動しました。イギリスとアメリカはロシアを国際銀行間通信協会（SWIFT）のネットワークから排除しようと働きかけ、ロシア側はSWIFTに代わる独自の決済システムを構築すると公言して対抗しました。しかし、SWIFT協会側がロシア排除に難色を示すなどしたため、この件は現時点では進展が見られていません。
VTB24は、この制裁措置が事業に大きな痛手を与えたことを認め、2015年には国内の55以上の支店や事務所を閉鎖すると発表しました。また、リテール部門は、政府による住宅ローンの保証がなければ、モーゲージ債の発行額を60%削減すると表明しました。VTB本体は、バランスシートを維持するために政府から2140億ルーブル（約34億ドル）を借り入れる一方、国家福祉基金からも1000億ルーブル（約16億ドル）を借り入れ、金融投資業務に充当しました。これらの社債発行による資金のうち、大部分にあたる3070億ルーブル（約46億ドル）は後に優先株に転換されました。
2016年には、VTBのデータセンターであるMultiCarta Ltd.がApple PayとSamsung Payの決済サービスを開始しました。同年5月には、VTBがモスクワ銀行を完全に吸収合併しました。9月19日、アメリカの商品先物取引委員会（CFTC）は、VTBとVTBキャピタルが反競争的な架空のブロック取引を行ったとして、両行に連帯責任として500万ドルの民事賠償を課しました。同年12月には、VTBが日本の三井住友銀行と業務提携の調整を進めていることが明らかになりました。2017年1月には、ロシア中央銀行がブロックチェーン技術の導入に向けて具体的な動きを見せ始め、同行が設立したフィンテック協会にはアルファ銀行やVTBも加盟しました。同年3月、VTBはインドから事業を撤退しました。10月には、VTBキャピタルがブラジルのヴィラコッポス国際空港の買収を計画していることが報じられました。
VTBの前身であるソ連対外経済関係銀行（ロシア開発銀行）の役割は、1988年の定款に詳細に記されていました。定款には、「輸出入、および非商業活動などから生じるソ連の国際決済を組織し実施する」ことや、「ソ連の対外取引に必要な信用供与を行い、（中略）ソ連通貨、および外貨での資金調達を行う」といった業務が規定されていました。また、「国際市場において、金銀プラチナその他の貴金属、自然貴石、または貴金属や貴石から作られる物品を売買する。また貴金属を口座/預金として預かり、国際銀行業務の慣例に従いこれらの貴重品に関するほかの業務を行う」「ソ連の領土内の団体および個人に対し、外貨建て支払書類ならびに他の外国為替に相当する貴重品を売買する」といった貴金属や外貨建て資産の取引に関する規定もあり、国際証券集中保管機関のような性質も持ち合わせていたことが伺えます。さらに、ペレストロイカ期における外貨の利用と配分を管理する権限も強く、「ソ連の経済的、社会的発展のための国家計画、（中略）合同の外国為替計画の作成、および製品の輸出入量の決定に参加する。また、外国為替による収益や、銀行業部関連支出に関する提案書を作成する」権限や、「外国為替計画、（中略）ソ連の外国通貨資源の正当かつ合理的利用に対する決定権を有する」といった広範な権限が付与されていました。ジョイントベンチャーの設立に関する業務も規定されており、同行は中東や中米のオイルマネーと結びつき、グローバルな事業展開を図りました。その歴史的な例としては、アーマンド・ハマーや、技術吸収を目的としたベクテルとの提携が挙げられます。
2022年2月24日、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始しました。これに対し、アメリカ合衆国や欧州連合諸国は、ロシアに対する経済制裁として、VTBを含む一部のロシアの主要銀行をSWIFTのネットワークから排除することを決定しました。これにより、これらの銀行は国際的な決済システムから事実上遮断されることとなりました。民間の企業もロシアでのサービス提供の見直しを進めており、例えばアップル社はVTBが提供していたApple Pay決済サービスが2月末までに使用不能になったことを確認しました。また、VTB自身の発表によれば、同行が提供するモバイルアプリケーションも間もなく機能しなくなる状況となっています。
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