Xの悲劇

『Xの悲劇』

エラリー・クイーンが別名義であるバーナビー・ロスとして1932年に世に送り出した長編推理小説です。本作は、後に名探偵ドルリー・レーンが活躍する『悲劇』と称される四部作の記念すべき第一作目にあたります。クイーン名義の作品とは趣を異にするとも言われ、当時のミステリー界に大きな衝撃を与えました。

タイトルの『Xの悲劇』における「X」という文字は、作品の核心に深く関わっています。物語の中で、犯人の正体がすぐには判明しない「未知数」として「X」が仮定される点、そして決定的な証拠となる第三の殺人の被害者が、最後に指をクロスさせて「X」の形を象ったダイイング・メッセージを残した点に由来しています。この謎めいたタイトル自体が、読者の探求心を掻き立てる要素となっています。

謎が謎を呼ぶ連続殺人

物語は、ニューヨークの混雑した市電という、一見すると密室ともいえる状況で発生した巧妙な殺人事件から幕を開けます。被害者は株式仲買人のハーリー・ロングストリート。彼は多くの人物から強い恨みを抱かれており、捜査線上に様々な容疑者が浮上しますが、どれも決め手に欠け、捜査は暗礁に乗り上げます。事態を打開できず窮地に陥ったサム警視とブルーノ地方検事は、かつて高名な舞台俳優であり、今は探偵として知られるドルリー・レーンに協力を依頼します。

捜査が続く中、ブルーノ地方検事のもとに、ロングストリート殺害時に同じ市電に乗り合わせたという人物から、犯人に関する情報を提供するという密告状が届きます。指定されたウィーホーケン渡船場のフェリー乗り場に、ブルーノ、サム、そしてレーンが赴くと、ちょうどその時、フェリーから転落した者が出たと騒然となります。転落死した人物の顔は判別不能なほど損傷していましたが、着衣や左脹脛に残る特徴的な傷跡から、市電の車掌チャールズ・ウッドであると身元が特定されます。これが、シリーズにおける悲劇の連鎖の始まりでした。

さらに物語は進み、渡船場に居合わせたロングストリートの共同経営者であるジョン・ドウィットが、一連の殺人の容疑者として逮捕され、法廷に立たされます。しかし、レーンの鋭い洞察力に基づく助言を受けた弁護側は、ドウィットが第二の事件発生直前に負った傷により、犯行が物理的に不可能であったことを巧みに立証し、彼は無罪を勝ち取ります。

ところが、無罪を宣告され釈放されたドウィットが、弁護団と共に列車に乗車したその時、再び悲劇は起こります。何者かによって、彼は最後部の客車内で射殺されてしまうのです。そして、彼の左手の中指は、まるで最後のメッセージを伝えるかのように、人差し指の上に重ねられ、「X」の文字を象っていました。

提示される核心の謎

本作の中心的な謎の一つは、最後の被害者が残したこの「X」というダイイング・メッセージが何を意味するのか、という点に集約されます。ドルリー・レーンは、この不可解な符号の解読に挑むことになります。

高い評価を受ける傑作

『Xの悲劇』は、発表以来、今日に至るまで高い評価を得ています。エラリー・クイーン・ファンクラブ会員40名の投票による長編ランキングでは、堂々の第2位に選出されています。また、様々な海外ミステリー人気投票企画においてもその地位を確立しており、『週刊文春』の「東西ミステリーベスト100」では1985年に27位、2012年には14位に、そして『EQ』誌の海外ミステリー・ベストテンでは1999年に9位にランクインするなど、時代を超えて多くのミステリーファンに支持されていることが分かります。

多様な日本語訳

本作は日本でも長年にわたり人気が高く、複数の出版社から様々な翻訳者によって日本語訳が出版されています。大久保康雄、田村隆一、鮎川信夫、宇野利泰、越前敏弥、中村有希といった名だたる翻訳家たちがそれぞれの言葉でこの傑作を訳しており、読者は自身の好みに合った翻訳を選ぶことができます。

都市の喧騒の中で発生する予測不能な事件、名探偵の推理、そして「X」に隠された最後の謎。これらが織りなす物語は、読者を惹きつけずにはおきません。ドルリー・レーン・シリーズの幕開けを飾るにふさわしい、ミステリー史に残る重要な一冊と言えるでしょう。

もう一度検索