XIES

XIES（Xenon Ion Engine System）

XIESは、日本の三菱電機株式会社によって開発・製造される、宇宙機のための高性能な電気推進システムです。特に、推進剤として希ガスの一種であるキセノンを使用するイオンエンジンであり、人工衛星の姿勢や軌道を精密に制御する用途に特化しています。

このエンジンの基盤技術は、かつて宇宙開発事業団（NASDA、現在の宇宙航空研究開発機構 JAXAの一部）が開発したカウフマン型イオンエンジンに遡ります。その技術を発展させ、信頼性の高いシステムとして実用化されたものがXIESです。主な用途としては、静止衛星の「南北制御」と呼ばれる軌道維持に重要な役割を果たしています。静止衛星は地球の赤道上空約36,000kmの特定の軌道に留まる必要がありますが、太陽や月の引力の影響で南北方向にわずかにドリフトします。このズレを修正し、衛星の位置を正確に保つためにXIESのような推進器が使用されます。

技術的特徴

XIESは、推進剤をイオン化し、それを電場によって高速に加速・噴射することで推力を発生させるイオンエンジンの一種です。使用される推進剤はキセノンで、これは分子量が比較的大きく、不活性であるため、推進剤として扱いやすい性質を持っています。

このエンジンの大きな特長はその「比推力」の高さにあります。XIESの比推力は約2,900秒とされており、これは化学ロケットエンジンの数百秒という値と比べると非常に高い値です。比推力が高いほど、同じ推力を得るために必要な推進剤の量が少なくて済むため、衛星全体の重量を大幅に削減したり、同じ推進剤搭載量でより長期間のミッションを実行したりすることが可能になります。静止衛星の南北制御は衛星の寿命を大きく左右するため、高効率なXIESは衛星の運用期間延長に貢献します。

XIESの主な諸元は以下の通りです。

タイプ：イオンエンジン（静電荷電粒子推進器）
推進剤：キセノン
入力電力：通常約580W～620W
発生推力：通常約21mN～23.3mN（ミリニュートン）
比推力：約2,900秒
イオンビーム口径：120mm
重量：約3.7kg（エンジン本体のみ）

これらの数値は、限られた電力と重量の中で、静止衛星の軌道維持に必要な微細かつ継続的な推力を効率良く発生させるように最適化されていることを示しています。

採用実績

XIES、またはその原型技術を用いたイオンエンジンは、日本の主要な技術試験衛星に搭載されてきました。

きく6号（ETS-VI）：世界に先駆けて実用規模のイオンエンジンを搭載し、軌道上での長期運転試験が行われました。XIESの技術的な礎となりました。
かけはし（ETS-VIII）：大型技術試験衛星に搭載され、その性能が確認されました。
きく8号（ETS-VIII）：大型技術試験衛星で、特に南北制御用に2系統のシステムにそれぞれ2機ずつ、合計4機のXIESが搭載されました。これは衛星の長寿命化と信頼性向上に貢献しました。

また、三菱電機が開発・提供する標準的な静止衛星バス「DS2000」においても、推進システムの一つの選択肢としてXIESが用意されています。このため、DS2000バスを採用した様々な通信衛星や放送衛星などにも搭載されています。

超低高度衛星技術試験機「つばめ」での応用

XIESの技術は、静止衛星の南北制御以外の用途にも応用されています。特に注目されるのが、超低高度衛星技術試験機「つばめ」（SLATS）に搭載された改良型XIESです。「つばめ」は、高度200km未満という、通常では人工衛星の運用が困難な超低高度を飛行しました。

この高度では、わずかに存在する大気によって衛星は常に抵抗（抗力）を受け、速度が低下して軌道が下がる傾向にあります。改良型XIESは、「つばめ」がこの大気抵抗を打ち消し、長期間にわたって超低高度軌道を維持するための唯一の推進装置として極めて重要な役割を果たしました。これは、イオンエンジンが従来の軌道・姿勢制御だけでなく、大気圏に近い高度での連続的な軌道維持にも有効であることを実証した画期的な成果です。

XIESの意義

XIESは、日本の宇宙開発における電気推進技術、特にキセノンイオンエンジンの分野で培われた技術と実績を象徴するシステムです。その高い比推力は、人工衛星の設計に大きな自由度をもたらし、より高性能な機器の搭載や、ミッション期間の大幅な延長を可能にします。特に静止衛星の長寿命化に貢献することで、通信・放送などの社会インフラの安定運用を支えています。「つばめ」での成功は、イオンエンジンの可能性をさらに広げ、将来的な様々なミッションへの応用を示唆しています。

XIESは、日本の宇宙産業が世界に誇る技術の一つであり、今後の宇宙活動においても重要な役割を担っていくと期待されています。

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