YSX

YSX：幻に終わった国産旅客機計画

YSXは、日本の民間輸送機（旅客機）計画の一つで、YS-11の後継機として期待されました。しかし、様々な要因が重なり、実現には至りませんでした。その詳細な経緯を解説します。

計画の背景

1980年代後半、日本は小型ターボプロップ機YXX（7J7）を計画していました。同時期に、中国やインドネシア、西ドイツなども同様の計画を持っており、共同開発の打診がありました。しかし、技術力や販売網の信頼性の問題から、日本はこれらの提案を受け入れませんでした。

これらの動きに刺激され、日本の航空宇宙企業は、ボーイング主導のYXXよりも主体性のある輸送機計画を持つべきだと考えました。そこで、日本航空宇宙工業会は「民間機調査検討委員会」を設置し、以下の点を検討しました。

50席から100席の小型機開発
YS-11の経験を生かせる機体
共同開発における日本の主体性とメジャーシェアの確保

検討の結果、ターボファンエンジンの双発機が採用されることになり、1989年には国の委託事業として認可されました。日本航空機開発協会は、国際共同開発の可能性も視野に入れ、開発を進めることになりました。

バブル期の熱狂と共同開発の模索

1980年代後半から1990年代初頭は、日本の半導体技術が急成長し、バブル景気に沸いていた時代でした。しかし、アメリカやヨーロッパが不況にあえぐ中、日本だけが経済的に突出しており、欧米諸国からの反感も高まっていました。同時期に計画された次期支援戦闘機FS-Xも、アメリカとの不平等な共同開発を強いられる結果となりました。

1991年、YSX計画は民間主導の補助事業となり、共同開発パートナーの選定が始まりました。その頃、イギリスのBAe、フランスのエアロスパシアル、イタリアのアレーニアの3社連合から開発協力の打診がありました。しかし、これらの企業は既にドイツのDASAと共同開発計画を持っており、DASAはオランダのフォッカー社の買収も計画していました。欧州航空業界の再編が急速に進む中、日本はこれらの提案に対して態度を保留しました。

1993年になると、小型機業界は大きく活性化しました。カナダのボンバルディア社、ブラジルのエンブラエル社などが相次いで新型機を発表し、競争が激化しました。ATRも日本に開発協力を打診しましたが、YSXが目指すファンエンジンではないという理由で断られました。

ボーイングとの協調と転換

計画が遅々として進まないことに苛立った通産省は、1994年度予算を大幅に増額し、具体的な技術コンセプト調査チームと国際共同開発調査チームを設置しました。そして、YX（767）とYXX（7J7）を共同開発してきたボーイングに共同開発を打診しました。ボーイングは当初、参加に前向きな姿勢を示しましたが、その後、7J7の開発凍結と737の改造開発を発表し、日本を失望させました。

三菱重工業は、独自にボンバルディア・エアロスペースに接近し、ビジネスジェット機「グローバルエクスプレス」やDASH8-Q400の開発に参加しました。しかし、通産省は三菱の独走を快く思わず、YSX開発における足並みの乱れを懸念しました。

1994年4月、ボーイングは突如YSXへの関心を強め、具体的な計画案を提示しました。しかし、中国・韓国共同開発の小型旅客機「AE100」計画が本格的に動き出し、ボーイングもこれに介入しようとしたため、YSXは陰に隠れてしまいました。

計画の終焉

AE100は、中国と韓国の主導権争いや、ボーイングを含む欧米企業の思惑が絡み合い、泥沼化しました。ボーイングはAE100から離脱したものの、YSXに帰ってくることはありませんでした。さらに、マクドネル・ダグラスを吸収合併し、YSXと同クラスのMD-95を継続販売することを発表し、事実上YSXを放棄しました。

1998年、日本は計画を一から見直し、市場調査を行うことになりました。2000年には、国家産業技術戦略検討会において、YSX開発の可能性はないとされ、調査費のみが支給されるという歪んだ体制が続きました。

2002年、経産省は「30席から50席クラスの小型ジェット機」計画を発表し、YSXは完全に終止符を打ちました。この計画は、三菱重工業が主体となり、MRJ（Mitsubishi SpaceJet）として開発が進められましたが、2023年に正式に中止が発表されました。

YSX計画は、日本の航空機産業の発展に大きな影響を与えました。しかし、国際競争の激化や政治的な思惑など、様々な要因が重なり、実現には至りませんでした。その教訓は、今後の航空機開発に生かされるべきでしょう。

参考文献

「日本はなぜ旅客機を作れないのか」 - 前間孝則（草思社）
* 「国産旅客機が世界の空を飛ぶ日」 - 前間孝則（講談社）

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