ドゥク

ドゥク：竜、雷鳴、そしてブータン

チベット語で「竜」を意味する「ドゥク（འབྲུག་, 'brug）」は、チベット文化において多様な意味を持つ言葉です。単に神話上の生き物としての竜を指すだけでなく、雷鳴、そしてチベット仏教の一派やブータンそのものを象徴する言葉として用いられています。

雷鳴と竜

チベットでは、雷鳴は竜の鳴き声だと信じられています。「竜の声」（'brug skad または 'brug sgra）という表現からもそれが分かります。空から轟く雷の音は、神聖な竜の咆哮として捉えられ、畏敬の念を抱かれる対象だったと言えるでしょう。この信仰は、チベットの自然観、特に山岳地帯における気象現象に対する畏怖と神秘性を反映していると言えるでしょう。

チベット暦とドゥク

中国や日本、朝鮮など東アジアの旧暦と同様に、チベットにも十二支があります。そして、辰年に当たる年はチベット暦では「ドゥクの年」と呼ばれます。これは、竜が十二支の動物として重要な位置を占めていることを示しています。暦の上での「ドゥクの年」は、特別な年として認識され、人々の生活に何らかの影響を与えていたと考えられます。

ドゥク派：竜の名を冠したチベット仏教の一派

チベット仏教には、ドゥクの名を冠した宗派「ドゥク派（ドゥクパ・カギュ派）」が存在します。この宗派は、リンレーパの弟子であるツァンパ・ギャレーパ（1161年-1211年）によって創始されました。宗派名の由来は、ツァンパ・ギャレーが1205年頃中央チベットのウー地方に創建したドゥク僧院（ナムドゥク僧院）にあります。

開山の際、大きな雷鳴が三度響いたという伝承があります。この出来事が、僧院を「ドゥク僧院」と呼ぶようになった理由だとされています。さらに、創建地へたどり着いた際、9匹の竜が天に昇るのを目撃したという伝承も存在します。この吉兆と、竜を象徴する「ドゥク」を結びつけることで、この宗派は「ドゥクパ（ドゥク＝竜、パ＝人）」と呼ばれるようになったのです。

ドゥクとブータン

17世紀、ドゥク派はブータンの国教となりました。このため、ブータンは「ドゥク・ユル（ドゥク派の国、または雷竜の国）」と呼ばれるようになりました。ブータンの人々が「ドゥクパ」と呼ばれるのも、この宗派との深い繋がりによるものです。ブータンの国旗や国章にも、その影響が見て取れます。また、ブータンの航空会社「ロイヤルブータン航空」は、別名「ドゥルック航空（Druk Air）」とも呼ばれ、ドゥクがブータンの国と国民のアイデンティティに深く根付いていることを示しています。

ドゥクと龍神

チベットにおける竜の概念を理解する上で重要なのは、ドゥクと龍神（ナーガ）の違いです。龍神はチベット語で「ル（klu）」と呼ばれ、ドゥクとは異なる存在として認識されています。ドゥクが主に雷鳴や吉兆と結び付けられるのに対し、ルは水や豊穣、また時には危険な存在として描かれることが多いようです。この違いは、チベットにおける竜信仰の多様性を示しています。

まとめ

「ドゥク」は、チベット文化において、神話上の竜、雷鳴、チベット仏教の一派、そしてブータンを象徴する多様な意味を持つ言葉です。雷鳴にまつわる伝承や竜の目撃談、そしてブータンとの深い繋がりを通して、ドゥクはチベット人の精神文化に深く根付いた重要な概念であると言えるでしょう。今後の研究を通して、ドゥクにまつわる信仰や伝承が、より詳細に解明されていくことが期待されます。

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