カギュ派

カギュ派：チベット仏教の主要宗派

カギュ派は、チベット仏教の四大宗派の一つであり、11世紀頃にチベットに伝わった新しいタントラ（サルマ派）を基盤としている。開祖はマルパ訳経師（マルパ・ロツァワ）と、その弟子のミラレパである。ミラレパ以降、「レパ」と呼ばれる白い綿衣を纏う在家瑜伽行者の伝統から、「白派」とも呼ばれていた。

起源と教義

カギュ派は、11世紀頃にインドへ留学したマルパ訳経師が、ナーランダの六大師の一人であるナローパから学んだ教えを基礎とする。マルパの法流は「四柱八脚」と称される四人の弟子と八人の孫弟子によって広められたが、実質的にはミラレパの弟子であるガムポパ（タクポ・ラジェ）によって大成された。

法身仏である持金剛仏（ヴァジュラ・ダラ）を主尊とし、密教の奥義である「マハームドラー」（大印契）を重視する。特に、後期密教の代表的な経典である『勝楽タントラ』（チャクラサンヴァラ）を依経とし、倶生智（くしょうち）の体得と理解を説く。その教義は、インド後期密教を直接的に伝える無上瑜伽タントラの要素が強く、チベット仏教の中でも最も密教色が強いと言われている。

分派の歴史

カギュ派は多くの支派に分かれており、その中でもカルマ・カギュ派が最も主流となっている。カルマ・カギュ派は、化身ラマ（転生活仏）制度を創始し、後にゲルク派など他の宗派にも影響を与えた。かつてはチベット仏教界で大きな勢力を持っていたが、ゲルク派政権（ガンデンポタン）にその地位を譲り、その後はカム地方やブータンなどに勢力を保った。

20世紀後半には、ダライ・ラマ14世によってカルマパ16世（カルマ黒帽ラマ）カルマ・ランジュン・リクペー・ドルジェがカギュ派全体の管長に任命された。しかし、カルマパ16世の死後、カルマパ17世の認定を巡って支派間の対立が生じ、現在ではカギュ派全体の管長は任命されていない。

主要な分派

タクポ・カギュ派：ガムポパの法系。
シャンパ・カギュ派：キュンポ・ケートゥプを祖とする。現在は独立した教団としては存在しない。
カルマ・カギュ派：ガムポパの弟子トゥースム・キェンパに始まる最大支派。カルマパ化身ラマを教主とする。
ツェルパ・カギュ派：ガムポパの弟子ツゥンドゥー・タクパに始まる。
ディクン・カギュ派：ドルジェ・ギェルポの弟子リンチェン・ベルに始まる。日本にも拠点を置く。
パクモドゥ・カギュ派：ガムポパの弟子ドルジェギェルポに始まる。かつて中央チベットを支配した。
ドゥクパ・カギュ派：リンレーパの弟子のツァンパ・ギャレーに始まる。ブータンの国教である南ドゥク派を含む。

現代のカギュ派

現代のカギュ派は、多くの支派が分立し、統一された組織を欠いている。カルマパ17世の認定問題など、いくつかの課題を抱えながらも、それぞれの支派が独自の活動を展開している。

特にカルマ・カギュ派は、カルマパ17世を巡る分裂問題が未だ解決されていない。ウゲン・ティンレー・ドルジェとティンレー・タイェ・ドルジェの二人がそれぞれカルマパ17世として擁立され、信徒の間で支持が分かれている状況である。2017年にはティンレー・タイェ・ドルジェが結婚により僧位を放棄したが、その後も「カルマパ十七世」名義での活動を続けている。

このように、カギュ派は複雑な歴史と多様な教義を持つ宗派であり、現代においてもその影響力を保ち続けている。

参考文献
石濱裕美子『チベットを知るための50章』明石書店、2004年
田中公明『図説 チベット密教』春秋社、2012年

関連項目
カル・リンポチェ

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