カリュドン

古代ギリシャ世界において、アイオニア地方に位置した都市カリュドンは、エウエノス川の西岸に広がる重要な中心地でした。長母音表記ではカリュドーンとも記されるこの都市は、その歴史や文化、そして神話との深いつながりから、古代ギリシャ史の一端を物語っています。

都市の名の由来は、ギリシア神話に遡ります。伝説によれば、アイオロスの子孫であるアイオトスがこの地を治め、その息子カリュドンが都市を創建し、自らの名を冠したとされています。カリュドンの近郊には、峻厳なジュゴス山がそびえ立っています。この山は、ギリシア神話の中でも特に有名なエピソードの一つである「カリュドンの猪狩り」の舞台として広く知られています。アルテミスの怒りによって放たれた獰猛な猪が国土を荒らし、メレアグロスをはじめとする多くの英雄たちが集結してこれを討伐した物語は、この都市の存在を神話的世界と結びつける重要な要素となっています。

カリュドンは、宗教的な中心地としての側面も持っていました。特に、アルテミス・ラフリアとアポロン・ラフリアに捧げられた聖所は「ラフリオン」の名で知られ、アイオニア地方における最も重要な祭祀場の一つでした。ここで行われる儀式や祭礼は、遠方からも人々を引きつけ、都市の繁栄に貢献しました。この聖所には、崇拝の対象となる貴重な芸術品や宝物が収められており、特に金と象牙で造られたアルテミスの神像は、その美しさと価値において特筆すべきものでした。

都市の運命は、時代とともに大きく変化しました。特に紀元前1世紀末、ローマの勢力が地中海世界を席巻する中で、カリュドンもその影響を受けることになります。紀元前31年、ローマの指導者オクタウィアヌス（後の初代皇帝アウグストゥス）は、歴史的なアクティウムの海戦で勝利を収めた後、その偉業を記念するために新たな植民都市ニコポリスを建設しました。この際、カリュドンの全住民は、オクタウィアヌスの命令によってニコポリスへと強制的に移住させられました。これは、カリュドンという都市が持つ政治的・戦略的な重要性が失われ、ローマの新たな都市計画の一部に組み込まれたことを意味します。

住民の移住と同時に、カリュドンに所蔵されていた美術品や宝物、とりわけラフリオン聖所にあったアルテミスの金と象牙の神像なども、ペロポネソス半島の主要都市パトラへと移送されました。これは、カリュドンの富と文化遺産が、ローマの支配下にある他の地域へと分散させられた出来事でした。

住民を失い、宝物を奪われたカリュドンは、やがて衰退の一途をたどります。紀元後1世紀に活動した地理学者ストラボンは、その著書『地理誌』の中で、当時のカリュドンの様子を記述しています。ストラボンは、彼の時代には都市が荒廃し、かつての輝きを失っていることに触れつつも、往時の美しさについて言及しています。「カリュドーンとプレウローンは、今やまったく衰えているが、しかし過去においてこれら植民地は、ギリシアを飾るものであった」と記すストラボンの言葉からは、かつてカリュドンがギリシャ世界において重要な役割を果たし、その美しさが称賛されていたことがうかがえます。しかし、ローマによる住民移住という決定的な出来事を経て、カリュドンは歴史の表舞台から姿を消し、往時の繁栄は廃墟の中にのみ見出されるものとなりました。

カリュドンは、神話、宗教、そして歴史が交錯する古代ギリシャの都市でした。神話上の起源と「カリュドンの猪狩り」伝説、そして重要なラフリオン聖所は、この都市に特別な意味を与えていました。しかし、ローマ帝国による住民移住という政策によって、その歴史は断絶され、かつての栄光は過去のものとなりました。ストラボンの記述が示すように、カリュドンは「ギリシアを飾る」存在から、時代の変化の中で衰退していった都市の典型例として、歴史にその名を留めています。

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