セラム

セラム（ディキカ・ベビー）：アファール猿人の幼女の化石

セラム、またはディキカ・ベビーとして知られるこの化石は、アウストラロピテクス・アファレンシス（アファール猿人）に属する幼女の化石人骨です。2000年12月10日にエチオピアで発見され、2011年時点でホミニン（ヒト族）の中で最も古い幼児の化石として確認されています。標本番号はDIK-1-1です。

ホミニンの化石は数多く発見されていますが、全身骨格として見つかる例は非常に稀です。特に幼体の骨は軟骨が多く残り難いため、セラムのように全身の骨格が発見されたことは、その保存状態の良さからも高く評価されています。

発見の経緯

セラムは、ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所に所属していたエチオピア人古人類学者、ゼレゼネイ・アレムゼゲドによって発見されました。発見場所は、エチオピアのアワッシュ川南に位置する「ディキカ1」と呼ばれる地域です。この地域は、アファール猿人の最初の全身骨格である「ルーシー」が発見された場所からわずか4kmしか離れていません。そのため、セラムは当初「ルーシーの赤ちゃん」とも呼ばれていました。

しかし、ルーシーが生きていたのは約318万年前であり、約332万年前のセラムの方が15万年近く古い時代を生きていたことになります。セラムの発見は、エチオピア人研究者が初めて達成した業績としても特筆されます。

アレムゼゲドの調査隊の一人が、斜面から露出していた頬骨を発見したことがきっかけとなり、セラムの発見に至りました。残りの部分は砂岩に埋もれており、慎重に砂岩を削りながら骨格を取り出す作業には5年以上を要しました。

名前の由来

「セラム」という名前は、アムハラ語で「平和」を意味します。化石が発見されたディキカ周辺地域は、民族対立によって不安定な状況にあり、「セラム」という愛称には、この地域に平和がもたらされるようにとの願いが込められています。もう一つの名前「ディキカ・ベビー」は、発見場所であるアファール州のディキカに由来しています。

年代と保存状態

セラムの年代は、発見された地層を挟む火山灰層をアルゴン-アルゴン法で測定した結果、約331万年前から335万年前の間と推定されています。埋没していた位置からは、332万年前とされました。死亡時の年齢は約3歳と推定されています。

セラムの骨には動物に襲われた傷跡は見られず、ミイラ化した状態で埋没したために、骨が散乱せずに済んだと考えられています。また、死後すぐに河川の氾濫によって土砂に埋もれたことも、良好な保存状態を保てた理由として挙げられます。

身体的特徴

セラムの全身骨格は、上半身が類人猿に近く、下半身がヒトに近いという特徴を持っています。脳の容量は約330ccで、同年齢のチンパンジーとほぼ同じですが、脳の発達が遅れていることが確認されています。顔は前に突き出ており、鼻が低いなど原始的な特徴を備えている一方、眉の部分の隆起が比較的少ないことや、犬歯が小さめであることなどから、サルとは区別されます。

内耳の三半規管は類人猿に近く、現代人のように機敏な歩行は難しかったと考えられています。また、舌骨は現代のゴリラに似ており、発声能力はチンパンジーの鳴き声に近かったのではないかと推測されています。

肩甲骨はゴリラに似ており、指の長さはチンパンジーに似ていることから、樹上での生活にも適応していたと考えられています。しかし、この点については、直立二足歩行と関係のない原始的な特徴が残っていただけで、樹上生活をしていたとは言えないとする意見もあります。

大腿骨や脛骨などの下半身の骨は、現代人に近い特徴を示しており、直立二足歩行が可能だったことを裏付けています。

意義と評価

セラムは、保存状態の良い幼児の化石人骨として、アファール猿人の進化や特徴を知る上で非常に重要な資料です。発見者のアレムゼゲドは「一生に一度の大発見」と語り、ルーシーを発見したドナルド・ジョハンソンは「21世紀で最大の発見」と評しました。ただし、唯一の幼児全身骨格であるため、アファール猿人の典型的な幼児の姿を示すものかどうかは、今後の研究を待つ必要があります。

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