八丁味噌

八丁味噌は、愛知県岡崎市八丁町で伝統的に生産されている豆味噌です。米麹や麦麹を使わず、大豆のみを麹にするのが特徴で、長期間熟成させることで独特の風味と濃厚な旨味を生み出します。その歴史は古く、江戸時代から地域特産品として知られてきました。

八丁味噌の特徴

八丁味噌は、大豆を水で洗い、浸漬、蒸し、冷ました後、ミンチにして味噌玉にします。この味噌玉に種麹をまぶし、室で4日間かけて豆麹を作り上げます。この豆麹に塩と水を加え、木製の大きな桶に隙間なく敷き詰め、上から石を積み重ねて、1年半から2年以上の長期間、天然醸造を行います。この熟成期間が、八丁味噌独特の風味を生み出す重要な要素です。

腐敗を防ぐために塩分濃度を高めており、これが独特の渋みと旨味のバランスを生み出しています。特に、まるや八丁味噌では、直径と高さが約2メートルの桶200本に、それぞれ約6トンの味噌を仕込みます。その上から麻布を被せ、約3トンの石を手積みで重ねます。石の大きさや形は様々で、加重が均一になるように工夫されています。一番上に置く石は「まんじゅう石」と呼ばれます。カクキューも同様に「二夏二冬」の熟成期間を経ていますが、麻布ではなく木蓋を使用しています。

八丁味噌の生産者

八丁味噌は、岡崎市八帖町・八丁町で生産されてきた味噌を指し、現在では「まるや八丁味噌」と「カクキュー」の2社がその伝統を守っています。これらの会社は、それぞれ大田弥治右衛門家と早川久右衛門家を由来とし、江戸時代から八丁味噌の製造を続けてきました。2009年には、両社は「愛知県味噌溜醤油工業協同組合」を脱退しています。

地理的表示を巡る問題

2017年12月、農林水産省は「愛知県味噌溜醤油工業協同組合」を八丁味噌の生産者団体として地理的表示（GI）に登録しました。しかし、組合員ではない岡崎市の2社はGIから除外され、これに対して行政不服審査請求や訴訟を起こしましたが、2024年3月、最高裁で敗訴が確定しました。

この問題は、八丁味噌の定義をめぐり、伝統的な製法を守る2社と、県内の他の味噌メーカーとの間で意見が対立したことに起因します。県組合は、八丁味噌が愛知県全体で広く認知されていると主張し、GI登録を認められましたが、岡崎の2社は、伝統的な製法と地域に根ざしたブランドを守るため、その登録に異議を唱えてきました。

八丁味噌の歴史

岡崎市八帖町・八丁町は、かつて「八丁村」と呼ばれ、岡崎城から西へ八町（約870メートル）離れていたことに由来します。この地域は矢作川の伏流水が豊富で、東海道の水陸交通の要所でもありました。この地の利を活かし、兵食として重要視されてきた味噌を製造するために、早川久右衛門家（現カクキュー）と大田弥治右衛門家（現まるや八丁味噌）が当地で味噌醸造を創業しました。

徳川家康の健康を支えたのも「麦飯と豆味噌」であったとされ、戦国時代からこの地で豆味噌が製造されていたと考えられます。江戸時代には、徳川家康の廟所である日光東照宮の造営にも八丁味噌が用いられたと言われています。また、江戸期の国学者、渡辺政香は「三河國朝夕食汁に赤味噌を用ゆ、他國にはなし」と記しています。1855年には、大樹寺の再建のために江戸から派遣された見分役が「味噌は八丁味噌とて名物也」と手記に記しています。

江戸時代、八丁味噌の原料となる大豆は、関東・東北・九州から廻船で運ばれ、矢作川の八丁土場で荷揚げされていました。塩は、矢作古川の河口付近で生産される饗庭塩（あいばじお）が使われていました。1901年には、カクキューの八丁味噌が宮内省御用達を拝命するなど、その品質は高く評価されていました。

戦前、八丁味噌は高級品とされていましたが、1939年の価格等統制令により贅沢品として扱われるようになり、一時休業を余儀なくされました。しかし、1968年にはアメリカの消費者運動グループがその品質を高く評価し、1971年には『ウォール・ストリート・ジャーナル』が八丁味噌を紹介するなど、海外でも注目されるようになりました。

商標出願をめぐる問題

カクキューは、自社の社名を商標登録しようとしましたが、「八丁味噌」が普通名称であると判断され、特許庁や裁判所によって拒否されました。その後、地域団体商標制度がスタートした際、「八丁味噌協同組合」が『八丁味噌』を商標出願しましたが、愛知県全体の業界団体が独占を主張し、物別れに終わっています。現在、双方ともに商標認定はされていませんが、「八丁」はカクキューや他の企業によって商標登録されています。

地理的表示ブランド登録をめぐる問題

2014年に制定された「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」に基づき、地理的表示（GI）登録制度が始まりましたが、この制度をめぐり、岡崎市の老舗2社と愛知県内の他社との間で大きな争いが起きました。岡崎2社は、生産地を「岡崎市八帖町」としてGI登録を申請しましたが、県組合は「愛知県」として申請し、最終的に県組合がGI登録を受けました。

この決定に対し、岡崎2社は異議を唱え、行政不服審査請求や訴訟を起こしましたが、いずれも認められず、2024年3月には最高裁で敗訴が確定しました。この結果、岡崎2社は2026年以降、自社製品に「八丁味噌」の名称を自由に使えなくなる可能性があります。

八丁味噌の今後

八丁味噌は、その長い歴史と伝統を守りながら、現代においても多くの人々に愛されています。地理的表示を巡る問題は、伝統的な製法と地域ブランドの保護という、複雑な問題点を浮き彫りにしました。今後、八丁味噌がどのように発展していくのか、その動向が注目されます。

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