反地球

反地球（はんちきゅう）

概要

反地球、あるいは対地球（たいちきゅう）とは、太陽を挟んで地球のちょうど反対側、すなわち地球の軌道上にある想像上の惑星です。英語ではカウンターアース（counter-Earth）、古代ギリシャ語ではアンチクトン（αντιχθον）と呼ばれます。

この概念は、地球と瓜二つの惑星が同じ公転周期と軌道を共有しつつ、常に太陽の向こう側に隠れているため、地球から観測されることがない、というものです。古くから人々の間で語られ、物語や宇宙論のテーマとして人気を博しました。

古代ギリシャの思想

反地球の概念は、現在の太陽中心の宇宙観よりも古い時代に遡ります。その存在を最初に提唱したとされるのは、古代ギリシャの哲学者でピタゴラス学派の一員であったフィロラオスです。

フィロラオスは、宇宙の中心に太陽を置くのではなく、仮想的な「中心火」を据えた独自の宇宙モデルを考えました。彼は、中心火の周りを回る地球の動きのバランスを取るため、その対となる反地球が必要だと考えました。当時の宇宙観では、地球以外の天体は質量を持たないエーテル体と見なされていたため、本来はカウンターウェイトは不要なはずでしたが、フィロラオスの体系においては重要な要素でした。

フィロラオスの説では、地球は自転と公転が同期しているとされ、反地球と中心火は常に地球の片側、すなわち人類が住んでいない側からのみ見えるとされました。また、当時はまだ地球が平面であると考える人々が多数派であり、彼も地球や反地球を平面と捉えていました。たとえ地球の裏側から反地球が見えるとしても、それは平面地球の「裏」であり、訪れることは不可能と考えられました。

さらに、反地球の存在は、ピタゴラス学派が「10」を完全な数として崇拝していた信仰にも合致しました。当時知られていた天体（太陽、月、五大惑星、地球、恒星天）は合計で9つでしたが、これに反地球を加えることでちょうど10となるため、この説は受け入れられやすかったと考えられます。

近代天文学による否定

天文学や天体力学が発展するにつれて、このような惑星が現実に存在するという考えの信憑性は失われていきました。

1619年にケプラーの法則が発見され、惑星の軌道や公転周期の関係が明らかになると、反地球が常に太陽の陰に隠れているためには、地球とほぼ同じ軌道長半径を持ち、他の軌道要素（離心率など）も一致するか正反対である必要があることが判明しました。わずかでも軌道が異なれば、やがて太陽の陰から姿を現してしまうからです。

1760年頃には、数学者レオンハルト・オイラーによって、太陽と地球のような二つの天体の重力平衡点である「ラグランジュ点」の直線解（L1, L2, L3）が発見されました。もし反地球が存在するとすれば、その軌道は地球よりわずかに太陽から遠い位置にあるL3点である可能性が示唆されました。

しかし、L3点は力学的に非常に不安定な「鞍点（あんてん）」です。地球の軌道上の他の安定な点（L4, L5）には、トロヤ群小惑星のように天体が比較的安定して存在できますが、L3点は不安定であり、わずかな摂動によって容易にその位置から遠ざかってしまいます。したがって、軌道修正を行わない自然の天体がL3点に留まり続けることは極めて困難です。

さらに、太陽系内の他の惑星からの重力の影響（摂動）により、天体の軌道要素は常にわずかに変化しています。このような摂動の中で、反地球がL3点に留まり続けるのはさらに困難になります。また、逆に考えると、もし惑星級の質量を持つ反地球が存在すれば、その重力によって既知の太陽系内の天体、特に地球近傍小惑星や彗星の軌道に無視できない影響（摂動）を与えるはずです。天体観測によってこれらの天体の軌道変化が詳細に調べられた結果、惑星級の質量を持つ反地球は存在しないことが確認されています。これは、1846年に天王星の軌道の摂動からその外側に未知の惑星（海王星）が存在することを予測し、発見に至った原理と同様です。

ちなみに、地球と非常によく似た軌道をとったとされる想像上の巨大惑星としては、月の誕生に関するジャイアント・インパクト説で想定される原始惑星テイアがあります。テイアは火星程度の大きさで、地球のラグランジュ点L4またはL5付近に存在したと考えられていますが、L3点の不安定性とは異なり、L4/L5は比較的安定なため、一定期間そこに留まるか、あるいは馬蹄形軌道をとっていたとされます。最終的には摂動によって地球に接近しすぎ、低速で衝突したと考えられています。シミュレーションによると、太陽から見て地球と正反対の位置（L3）に初期配置された惑星でも、摂動によって数千年程度で不安定になり、馬蹄形軌道に遷移する可能性が示されています。

フィクションや疑似科学における反地球

現実には存在が否定されている反地球ですが、そのアイデアは古くからSF小説や漫画、アニメなどのフィクション作品において魅力的なモチーフとして描かれてきました。太陽の裏側に隠された未知の世界という設定は、物語にミステリーや冒険の要素を加えるのに適していました。

例えば、手塚治虫の漫画『ロック冒険記』に登場する鳥人族の惑星ディモンや、ジョン・ノーマンの小説『反地球シリーズ』の舞台となる惑星ゴル、テレビアニメ『遊星仮面』のピネロン星などが、反地球やそれに類する設定を持つ惑星として描かれています。その他にも、様々な作品で異世界の舞台や隠された存在として登場しています。

また、一部の疑似科学的な主張においても、反地球の存在が取り沙汰されることがあります。例えば、サイエンスエンターテイナーを称する飛鳥昭雄氏は、1990年代以降、自著の中で「ヤハウェ」あるいは「クラリオン」と名付けた第12番惑星（当時は冥王星が9番目とされていたため）の実在を主張しました。彼はその根拠として「NASAから流出した」とする写真を提示しましたが、後にその写真が他の天体の画像加工である可能性が指摘されるなど、主張の信憑性には多くの疑問が呈されています。飛鳥氏の提唱するヤハウェに関する宇宙論は、現代科学の常識とはかけ離れた独自の説であり、その内容も様々な批判を受けています。

このように、反地球は科学的にはその存在が否定されていますが、古来より人々の想像力を刺激し、思想やフィクションの世界で多様な形で語り継がれている概念と言えます。

関連項目

仮説上の天体
ラグランジュ点
ジャイアント・インパクト説
ピタゴラス学派

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