富士谷御杖

富士谷御杖：独自の解釈で知られた江戸時代後期の国学者

富士谷御杖（ふじたに みつえ、1768-1824）は、江戸時代中期から後期にかけて活躍した国学者です。名は初め成寿（なりのぶ）、のち成元（なりはる）と改め、最終的に御杖となりました。北辺・北野といった号や、源吾（吉）、専（千）右衛門といった通称も用いていました。

京都で国学者富士谷成章を父として生まれた御杖は、筑後国柳河藩立花氏に仕え、200石の知行高を得て京都留守居役を務めました。学問面では、伯父である皆川淇園から漢学を、広橋兼胤や日野資枝から和歌を学びました。しかし、晩年は妻との離縁や半身麻痺に見舞われ、更には不行跡により解任されるなど、波乱の生涯を送りました。京都北区上品蓮台寺に墓所があります。昭和3年（1928年）には正五位を追贈されています。

学問と業績：言霊倒語論と『古事記燈』

御杖は、父の後を継いで国語学を研究し、「てにをは」を詳細に分析しました。その成果として、独自の「言霊倒語論」を提唱し、この理論に基づいて数々の新しい解釈を提示しました。

代表的な著作に、思想、行為、和歌の相互関係を論じた歌論書『真言弁』があります。また、本居宣長の『古事記』解釈を批判した『古事記燈』は、同書に対する批判としては最も早いものの一つとされています。宣長の「『古事記』は言霊の霊妙な力によって古代人の心を表現したものである」という日本神話解釈に対し、御杖は「不合理」と断じ、独自の解釈を展開しました。これは、当時の国学界に大きな衝撃を与えたと言われています。

この他にも、『百人一首燈』、『万葉集燈』、『土佐日記燈』、『伊勢物語燈』といった注釈書や、『北邊随筆』などの随筆も著しており、琴曲にも優れた才能を発揮しました。

しかしながら、御杖の学問は、人間の欲望に過剰にこだわるあまり、当時の学界で広く共有されるような公共性を欠いていたとされています。「難解で奇異な議論」として、国学が隆盛した幕末期においては顧みられることはありませんでした。

再評価と現代への影響

長い間忘れられた存在でしたが、近代に入って土田杏村によって高く評価されたことで、改めて注目を集めるようになりました。御杖の学問は、現代においても、独自の視点と解釈に基づいた国語学研究の重要な一端として、研究者の間で議論されています。彼の著作は、日本の古典文学や歴史を理解する上で貴重な資料であり続けています。

富士谷御杖の生涯と家族

御杖の生涯は、学問的業績のみならず、私生活における出来事も含めて、非常に興味深いものです。彼の家族構成は複雑で、妻との離縁や子女の早世など、幾多の困難を経験しました。これらの出来事が彼の学問に影響を与えた可能性も指摘されています。 父は国学者として知られた富士谷成章、母は富士谷鶴（のちに千重と改名）です。妻は冨士野彦三郎の養女で、娘 歌（後に佐津と改名）、息子 千太郎（文化元年没）、その他の子女がいました。妾腹の子として千之助（幼名：成文・元広）もいます。

主要著作

御杖の著作は多岐に渡り、その多くが古典文学の注釈書です。代表的なものとして以下のものがあります。

『百家類葉』(1792)
『歌袋』(1793)
『真言弁』(1802)
『百人一首燈』(1804)
『古事記燈』(1805～)
『古事記燈大旨』(1807)
『万葉集燈』(1809～)
『土佐日記燈』(1816)
* 『伊勢物語燈』(1816)

これらの著作は、彼の独自の解釈と鋭い洞察を示すものであり、現代の研究者にとっても重要な研究対象となっています。

富士谷御杖は、その特異な学問的立場と波乱に満ちた生涯から、現代においてもなお、研究者や読者の関心を集め続けている稀有な国学者と言えるでしょう。

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