文屋康秀

文屋康秀：才能と恋物語が織りなす平安の詩人

文屋康秀（ふんややすひで）、平安時代前期を彩った官人にして歌人。文琳（ぶんりん）という名でも知られています。六歌仙、そして中古三十[[六歌仙]]の一人として、後世まで歌を残し続ける、名高い歌人の一人です。

華麗なる歌の才能と、控えめな官職

康秀の経歴を見ると、官位は正六位上まで昇りましたが、その役職は縫殿助など、どちらかといえば卑しい役職に留まりました。陽成天皇の時代、山城大掾や縫殿助を務めた記録が残るのみです。しかしながら、彼の歌の才能は、当時の人々を魅了しました。『古今和歌集』仮名序では、彼の歌について「詞はたくみにて、そのさま身におはず、いはば商人のよき衣着たらんがごとし」と評されています。これは、技巧に優れた歌を詠む才能を持ちながらも、身分はそれほど高くない様子を表した表現と言えるでしょう。まるで、質素な身なりながら、上質な着物を着ている商人、といった趣です。

『古今和歌集』に4首、『後撰和歌集』に1首が収録されるなど、勅撰和歌集に作品が多数収められています。ただし、『古今和歌集』に収められた2首については、息子の朝康（ともやす）の作品とする説もあるため、断定は難しい点です。

小野小町とのロマンス？伝承と歌

康秀は、小野小町と親密な関係にあったと伝えられています。三河掾として三河国に赴任した際、小町を誘ったというエピソードが有名です。これに対し小町は、次の歌で返答したとされています。

わびぬれば 身をうき草の 根を絶えて

誘ふ水あらば いなむとぞ思ふ

この歌は、今の境遇を嘆きつつ、誘われればどこへでもついていく、という小町の心情を繊細に表現しています。この逸話は『古今著聞集』や『十訓抄』といった説話集にも採り上げられ、広く知られるようになりました。現実の二人の関係性までは定かではありませんが、この歌は、平安時代の歌人たちの恋愛観や社会情勢を知る上で貴重な資料となっています。

不朽の名作：小倉百人一首にも選ばれた歌

康秀の代表作として、小倉百人一首にも選ばれた以下の歌があります。

吹くからに 秋の草木の しをるれば

むべ山風を 嵐といふらむ

この歌は、秋の風が吹きつけることで草木が枯れていく様子を、山風を嵐と呼ぶことに例えたものです。短い歌の中に、秋の情景と、自然の力強さが凝縮されています。

また、次の歌も彼の代表作として知られます。

春の日の 光にあたる 我なれど

頭の雪となるぞ わびしき

春の陽光を浴びているにもかかわらず、頭には雪のように白髪がある、という自身の老いを嘆いた歌です。この歌からは、康秀の繊細な感性と、時の流れへの感慨が伝わってきます。

簡素な経歴と豊かな才能

文屋康秀は、目立った官職には就きませんでしたが、その歌の才能は、平安時代の歌壇に大きな足跡を残しました。小野小町との逸話や、小倉百人一首に選ばれた名歌などを通して、彼の生涯と作品は、現代においても人々の心に響き続けるのです。彼の歌からは、平安時代の風情や人々の心情を深く読み解くことができるでしょう。そして、その簡素な経歴と豊かな才能との対比が、かえって彼の魅力を際立たせていると言えるかもしれません。

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