日本小説

日本小説（にっぽんしょうせつ）

『日本小説』は、1947年に大地書房から創刊され、その後日本小説社から発行された月刊文芸雑誌です。1949年に終刊となりましたが、中間小説という新たなジャンルを切り開き、その後の文壇に大きな影響を与えました。

創刊の経緯

新潮社で『日の出』の編集に携わっていた和田芳恵は、大地書房の社長である秋田慶雄から新雑誌の創刊を依頼されます。和田は『日の出』時代から、大衆小説ではない質の高い小説を幅広い層に届けたいという構想を持っており、純文学と大衆文学の垣根を取り払うことを目指して『日本小説』を創刊しました。

雑誌名は、和田と親交のあった水上勉のアイデアによるもので、創刊号はA5判、108ページ、20円で販売されました。創刊号では、大衆作家として知られていた川口松太郎が関伊之助の変名で短編「裸婦」を掲載し、丹羽文雄や志賀直哉から高い評価を受けました。しかし、挿絵を担当した宮田重雄から川口の正体が漏れてしまい、川口は1作のみの執筆となりました。

創刊号にはその他、高見順「深淵」、丹羽文雄「人間模様」、林房雄「母の肖像画」、太宰治「女神」、そして林芙美子の『放浪記』第三部「肺が歌ふ」が掲載されました。7万部が印刷され、返品はわずか1000部という好調な売れ行きでした。また、藤田嗣治の絵と鈴木信太郎の解説による名作絵物語「シラノ・ド・ベルジュラック」をカラーページで掲載するなど、視覚的な魅力にも力を入れていました。

出版状況

大地書房で労働争議が発生し、社員が大量に退社したため、秋田と和田は日本小説社を設立し、『日本小説』第2号（6・7月合併号）を発行しました。この号には、石坂洋次郎の『石中先生行状記』の発端となる「馬車物語」が掲載されましたが、続きは『小説新潮』に掲載されることになりました。

第3号からは、坂口安吾の『不連続殺人事件』が連載されました。安吾は日本小説社を応援するため、原稿料を受け取らず、読者による犯人当てクイズの懸賞金も負担しました。安吾は大井廣介、平野謙、荒正人、江戸川乱歩といった文人を指名して挑戦させ、最終回の1948年8月号で結果が発表されました。文人の中では、大井廣介のみが4等に入選しました。

和田は「小説は批評であり、批評家も実作すべきもの」という考えから、評論を一切掲載せず、1947年12月号には亀井勝一郎の小説「亡霊の対話」を掲載しました。これは、批評家による小説執筆の先駆けとなりました。

『日本小説』の売り上げは好調でしたが、社主の秋田が大地書房に資金を投入していたことが原因で、和田ら編集部員は1948年6月に大地書房から独立します。しかし、営業や経営がうまくいかず、徐々に売り上げが低迷し、資金難に陥りました。1948年末には新人発掘のための「日本小説賞」を計画し、川端康成、坂口安吾、高見順らに審査員を依頼しましたが、実現には至りませんでした。1949年4月号（24号）の発行後、資金繰りのために過去の掲載作品を再録した『日本小説傑作集』を刊行しましたが、売れ行きは芳しくありませんでした。さらに、取次店のブローカーの勧めで、艶笑小説や猟奇読物を集めたカストリ雑誌『ハロー』を刊行しましたが、猥褻容疑で検挙され（不起訴処分）、『日本小説』は廃刊、倒産となりました。その後、和田は約2年半にわたり借金から逃れるために失踪しました。

影響

『日本小説』と『小説新潮』が相次いで創刊され、好調な売れ行きを示したことで、作家の間で大衆文学と純文学の溝を埋めようとする動きが活発になりました。特に『不連続殺人事件』の人気は、推理小説の分野でその動きを加速させました。

1949年初め、当時無名だった井上靖は「闘牛」の原稿を『日本小説』編集部に持ち込み、ゲラ刷りの校了まで完了していました。しかし、雑誌が廃刊寸前だったため、原稿は井上に返却され、今日出海を通じて『文學界』に掲載され、芥川賞を受賞することになりました。

参考文献

宮守正雄『ひとつの出版・文化界史話』中央大学出版部 1970年
尾崎秀樹、宗武朝子『雑誌の時代 その興亡のドラマ』主婦の友社 1979年
大村彦次郎『文壇うたかた物語』筑摩書房 1995年
大村彦次郎『文壇栄華物語』筑摩書房 1998年

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