曽呂利新左衛門

「曽呂利新左衛門」は、落語家の名跡です。歴史上、この名を冠した人物は複数いますが、特に著名なのは豊臣秀吉に仕えたとされる初代と、明治期の上方落語界で活躍した二世です。現在、この名跡は空き名跡となっています。

初代（先代）曽呂利新左衛門

初代は、豊臣秀吉の御伽衆として仕えたとされる伝説的な人物です。落語家の祖ともいわれ、その機知に富んだやり取りや頓知話で人々を笑わせた数々の逸話が伝えられています。

正体については諸説あり、堺で刀の鞘を作っていた鞘師、杉本新左衛門（または坂内宗拾）であったとする説が知られています。これは『堺鑑』に見られる記述で、彼が作る鞘には刀が「そろり」と気持ちよく収まることから名付けられたという由来が語られています。しかし、初代の実在性自体にも疑義があり、架空の人物であったとする説や、実在はしたが伝わる逸話は後世の創作であるとする説も存在します。また、茶人で落語の祖とされる安楽庵策伝と同一人物ではないかという見方もあります。

文化的な造詣も深く、茶道を武野紹鴎に学んだほか、香道や和歌にも通じていたと伝えられています（『茶人系全集』）。『時慶卿記』に曽呂利が豊臣秀次の茶会に出席した記録があるなど、『雨窓閑話』や『半日閑話』といった江戸時代の書物にもその名が見られます。本名についても、杉森彦右衛門や坂内宗拾など複数の説があります。

大阪府堺市堺区市之町東には新左衛門の屋敷跡を示す碑が建てられており、堺市内にある長栄山妙法寺には墓が存在します。没年に関しても慶長2年（1597年）、慶長8年（1603年）、寛永19年（1642年）など、様々な説が唱えられています。

初代にまつわる逸話
秀吉が自らの猿顔を嘆いた際、「猿の方が殿下を慕って似せたのです」と即座に返し、秀吉を笑わせた話。
秀吉から褒美を問われた際、初日は米1粒、翌日2粒、その翌日4粒と、日ごとに倍になる米を100日間所望。当初は些細な量と見くびった秀吉は、途中でその指数関数的な増加に気づき、他の褒美に変更させたという話（チェス盤と小麦の問題に類似）。
御前で放屁して秀吉に笏で叩かれた際、「おならして国二ヶ国を得たりけり頭はりまに尻はびっちう（びっちゅう）」と即興の歌を詠んだ話。
秀吉に望みを尋ねられた際、「耳の匂いを毎日嗅がせてほしい」と願い出た話。これにより、大名たちは彼に陰口を言われたのではないかと心を落ち着かせず、多額の贈り物をしたとされます。
秀吉が「大きな歌」を求め、細川藤孝が見事な歌を詠んで皆を感心させた後、それを上回る壮大な歌を詠んで秀吉を感心させた話。また、「小さな歌」を求められた際にも、他の大名の歌を凌駕するような極小の世界を描写した歌を詠み、両方とも秀吉に褒美を与えられた話。

二世 曽呂利新左衛門

二世 曽呂利新左衛門（1842年 - 1923年）は、本名を猪里重次郎という上方噺家です。大阪新町の友禅染屋の息子として生まれました。

幼い頃から素人落語に親しみ、桂猫丸や桂夢丸などを名乗っていましたが、18歳で講談席に出演していたことが父に露見し勘当されます。家を出て幇間や半玄人として活動した後、1865年に初代笑福亭松鶴に入門し、京都で初舞台を踏みました。その後、二代目笑福亭松竹、笑福亭梅香と改名しますが、師匠との不和や死により再び苦難の時期を過ごします。

大阪に戻り、松竹亭梅花を経て再び笑福亭梅香を名乗った後、1873年には初代桂文枝の正式な門下に入り、初代桂文之助と改名。同門の初代桂文三（後の二代目桂文枝）、二代目桂文都、初代桂文團治と共に、当時の上方落語界を代表する「四天王」と称されました。

文枝没後の二代目襲名争いで一門が混乱した時期には、東京や京都でも高座を務めています。この頃から絵画を久保田米僊に、茶道を武者小路千家に学ぶなど、多方面に才能を発揮し、松露庵宋拾という号も名乗りました。1886年、久保田米僊らの勧めもあり、二代目曽呂利新左衛門を襲名します。この襲名にあたっては、「偽」に洒落て「ニセ」と読ませる意図があったため、「二世」と表記したと言われています。

襲名後も席亭との不和などから地方巡業が多くなりますが、1896年からは三友派に加入し、後に会長も務めました。1910年に68歳で引退し三友派の顧問となり、1912年に正式な引退披露興行を行いました。以降は風流な余生を送ったと伝えられています。

二世は、大ネタよりも軽妙な小噺や座敷芸で真価を発揮する才人肌の噺家でした。上方で初めて膝隠しと見台を使わずに演じた人物とも言われています。また、多くの新作や改作を手がけ、達者な筆遣いでそれらを活字化しました。得意の絵を生かした余芸として、客からお題として出された端唄を歌いながら、その端唄にちなんだ絵を描くという芸も評判でした。

数々の奇行でも知られ、1914年には自らの生き葬式を挙行し、集めた香典を生活費に充てたといいます。また、実際の葬儀では、寺中を桜の造花で飾りつけたり、生前のあだ名にちなんで自らの頭蓋骨をガラス箱に入れて参列者に見物させたりしたという逸話が残っています。墓所は大阪市天王寺区の隆専寺にあります。法名は轉譽法輪漁仙居士です。

二世の弟子には、二代目桂文之助、三代目桂梅香、三代目桂藤兵衛、浮世亭◯◯（後の川上音二郎）、初代桂枝太郎、二代目桂猫丸、桂柳枝など、多くの噺家がいます。また、実子の猪里桃太郎は歌舞伎役者となり、十一代目片岡仁左衛門の門下で片岡我太郎を名乗りました。

二世の芸風は、SPレコードとして『紙手紙』や『馬部屋』などが数種類現存しており、これは上方落語の録音として最も古い部類に入り、当時の芸の雰囲気をうかがい知る貴重な資料となっています。

関連作品
なお、曽呂利新左衛門を題材とした多くの関連作品は、そのほとんどが初代に関するものです。

小説: 安藤英男『曽呂利新左衛門』、童門冬二『秀吉の知恵袋 曽呂利新左衛門』、谷津矢車『曽呂利!』、北野武『首』など。
漫画: 石川兼次郎（編）『漫画 ソロリ新左エ門』、太田じろう『曽呂利新左エ門』など。
テレビドラマ: 『へこたれんぞ』（NHK、1970年）。
* 映画: 『首』（2023年、北野武監督）。

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