篠田桃紅

篠田桃紅：書と墨象の芸術家、そしてエッセイスト

篠田桃紅（しのだ とうこう、1913年3月28日 - 2021年3月1日）は、20世紀から21世紀にかけて活躍した日本の美術家です。書、版画、そしてエッセイストとしても知られ、その多才ぶりで人々を魅了しました。107歳という長寿を全うし、その生涯はまさに芸術と知性の人生と言えるでしょう。

関東州大連から世界へ

1913年、日本の租借地であった関東州大連で生まれました。父は東亜煙草の大連支社長を務めており、裕福な家庭環境で育ちます。幼少期から書に親しみ、独学でその技を磨いていきました。5歳から書の手ほどきを受け、その後は、女学校時代を除き、ほとんど独学で書を学びました。

抽象表現主義との出会い

1950年代初めには書道芸術院に所属し、前衛的な書家たちと交流を深めます。しかし、1956年には渡米。当時、ニューヨークでは抽象表現主義が全盛期を迎えており、桃紅はこのムーブメントに触発され、文字の決まり事を離れた、新しい墨の造形を試みるようになりました。その作品は「墨象」と呼ばれ、水墨画の枠を超えた独特の世界観を表現しています。アメリカでの個展は高い評価を得ましたが、乾燥した気候が水墨画には適さないと感じ、1958年に帰国しました。

墨象と多様な表現

帰国後は日本で制作を続けながら、国際的に作品を発表。和紙に墨、金箔、銀箔、金泥、銀泥、朱泥といった日本画の画材を用い、限られた色彩で多様な表情を生み出しました。万葉集などを題材にした文字を使った作品も制作しており、墨象との明確な線引きは難しいと言えるでしょう。近年はリトグラフにも取り組み、表現の幅を広げていきました。

晩年の成功と評価

海外では昭和30年代から高い評価を得ていましたが、日本ではその評価が遅れていました。しかし、2000年代に入ると、新潟市や関市に篠田桃紅の名前を冠したギャラリーが開館するなど、国内での評価も高まっていきました。また、東京ザ・トールマンコレクションによる作品収集と展示により、メトロポリタン美術館を始めとする海外の名だたる美術館に作品が収蔵されるようになりました。2014年には、沼津市役所で長年忘れられていた壁画「泉」が再発見され、話題となりました。

エッセイストとしての活躍

さらに、桃紅はエッセイストとしても成功を収めました。103歳で発表した『一〇三歳になってわかったこと』は45万部を超えるベストセラーとなり、人生経験に裏打ちされた知見とユーモラスな語り口で多くの読者を魅了しました。

没後

2021年3月1日、老衰のため107歳で亡くなりました。没後もその作品は高く評価され、回顧展が開催されるなど、その功績は広く知られるようになりました。

家族

桃紅の家族には、著名な人物がいました。従弟には映画監督の篠田正浩、甥には建築家の若山滋がいます。父は東亜煙草の社員で、祖父は岐阜の旧家で庄屋を務めていたなど、恵まれた環境で育ちました。

作品と展覧会

桃紅の作品は、国内外の美術館やギャラリーに収蔵されています。主な作品展示先としては、ザ・トールマンコレクション東京、岐阜現代美術館、関市立篠田桃紅美術空間、篠田桃紅作品館などがあります。また、数多くの個展や回顧展が開催され、その作品は高い評価を受けています。

著書

桃紅は数多くの著書も残しています。書や水墨画に関する技術書から、人生観を綴ったエッセイ集、そして絵本まで、その幅広い活動は著書にも反映されています。晩年のエッセイは特に人気が高く、多くの読者に感動を与えました。

篠田桃紅の遺産

篠田桃紅は、書、水墨画、版画、エッセイと多岐にわたる分野で活躍した稀有な芸術家でした。彼女の作品は、時代を超えて人々の心を捉え続け、その影響は現代においても色濃く残っています。107年間の生涯で築き上げた偉大な功績は、後世に語り継がれていくことでしょう。

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