辻惟雄

辻惟雄：日本の美術史に新たな光を当てた巨匠

辻惟雄氏（1932年生まれ）は、日本の美術史研究に多大なる貢献を果たした、世界的に著名な美術史学者です。東京大学名誉教授、多摩美術大学名誉教授を務め、2016年には文化功労者に選出、2018年には瑞宝重光章を受章するなど、その功績は高く評価されています。

愛知県名古屋市出身の辻氏は、東京大学文学部美術史学科を卒業後、東京国立文化財研究所や東北大学を経て、1985年に東京大学文学部教授に就任。その後、国際日本文化研究センター教授を兼任し、1993年に東京大学を定年退官、名誉教授となりました。

千葉市美術館館長、多摩美術大学学長、MIHO MUSEUM館長などを歴任し、日本の美術界において指導的な役割を担ってきました。2010年には京都市文化功労者にも選出されています。

奇想の画家たちへのアプローチ：江戸絵画の新たな解釈

辻氏の研究は、従来の美術史では十分に評価されてこなかった「奇想の画家たち」に焦点を当てたことが大きな特徴です。岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曾我蕭白、長沢蘆雪、歌川国芳といった、型にはまらない独創的な画風で知られる画家たちを「奇想の系譜」として捉え直し、彼らの作品を詳細に分析、再評価することで、江戸絵画研究に革命的な変化をもたらしました。

特に、1970年に刊行された『奇想の系譜 又兵衛‐国芳』は、それまでの美術史の通説を覆すものであり、その後の日本の美術史研究に大きな影響を与えました。この著作は、現在でも高い評価を受け続けており、数多くの版を重ねています。

特に、伊藤若冲の再評価において、辻氏の功績は顕著です。辻氏の研究は、若冲ブームの火付け役となり、現代においても若冲人気を支える重要な役割を果たしています。

「かざり」「あそび」「アニミズム」：日本美術の普遍性

辻氏は、日本美術の時代や分野を超えて通底する特質として、「かざり」「あそび」「アニミズム」の三つのキーワードを挙げています。これらの概念を用いて、日本美術の多様な様式や表現を体系的に理解しようと試みてきました。

「かざり」は、単なる装飾ではなく、人々の生活や信仰と深く関わり合い、精神的な豊かさや喜びを生み出す要素としての装飾を指します。「あそび」は、遊び心やユーモア、創造性を意味し、日本美術に見られる自由で奔放な表現を説明する重要な概念です。「アニミズム」は、自然物や人工物に霊魂が宿ると考える思想であり、日本美術に独特の神秘性や生命感を与えている要素として捉えています。

学者としての姿勢と影響力

辻氏は、単に美術作品を分析するだけでなく、歴史的・社会的な文脈を踏まえて作品を解釈することを重視しています。その緻密な研究と、独自の視点に基づいた解釈は、多くの美術史研究者や美術愛好家に大きな影響を与え続けています。

また、辻氏は後進の育成にも力を注ぎ、多くの弟子を育ててきました。その中には、現在第一線で活躍する美術史家も含まれています。山下裕二氏など、多くの弟子が辻氏の薫陶を受け、日本の美術史研究を支えています。

晩年の活動と業績

近年も精力的に執筆活動を続け、『若冲が待っていた 辻惟雄自伝』を出版するなど、その旺盛な知的探究心は衰えることを知りません。2021年には日本経済新聞「私の履歴書」に連載が掲載され、幅広い読者層にその生涯と業績が知られるようになりました。

辻惟雄氏の研究は、単なる美術史の記述にとどまらず、日本文化の深層に迫る、新たな知見を提供するものです。その功績は、日本の美術史研究に大きな足跡を残し、今後の研究者にも大きな影響を与え続けるでしょう。彼の著作は、美術史の専門家のみならず、広く一般の読者にも深く読み継がれ、日本の美術に対する理解を深める上で重要な役割を果たし続けるでしょう。

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