鯖大師

鯖大師の伝説と信仰

鯖大師（さばだいし）は、阿波国を中心に広がっている高僧に関する民間信仰の一つです。この信仰は、江戸時代以前より日本各地で語り継がれ、多様な形で表現されています。特に、鯖大師の伝説が持つ洒落た趣向や神秘的な呪歌に焦点を当てると、その独特の文化が浮かび上がります。

鯖大師の伝説

ある旅の僧が、たまたま馬に塩鯖を積んだ馬子に出会うところから物語は始まります。この僧は鯖を求めましたが、馬子はその要求を嘲笑い、拒否しました。ところが、僧が呪歌を唱えると、馬は腹痛に悩まされます。困り果てた馬子は謝罪し、鯖を与えます。僧は再び呪歌を唱えて馬を元の状態に戻しました。

この伝説の舞台は、四国に位置する「八坂八浜」という難所で、ここに建てられた行基庵が後に八坂寺の根元となり、鯖大師信仰の中心地となりました。伝承される呪歌には、特有の韻をもつ言葉が含まれ、「やむ」という語は「病む」と「止む」の両方の意味をかけています。このような呪歌は、さまざまな形で青森から九州にかけての地域で歌われ、時には話の内容が変わったり、登場する動物が牛になったりと、各地での再話が行われています。

特に、江戸時代以降には、この伝説の僧を偉大な弘法大師・空海にする物語の変化が見られ、鯖大師の信仰は次第に弘法大師の神話に取り込まれていきました。

鯖大師に関する研究

鯖大師は、民俗学や口承文芸の分野で研究が進められています。柳田國男は彼の著書『昔話覚書』の中で、鯖大師伝説と全国に広がる伝説「牛方山姥」類似点を示し、四国地方特有の伝説の流れや交通史に関する考察を行いました。一方、五来重は、先行する「牛方山姥」の物語が鯖大師伝説の基盤になっていると考察し、サバという語の起源に言及しています。彼の主張は、伝説の中で僧が鯖を求める動機が、霊への手向けである「散飯」に変化した可能性を示唆しています。

さらに、花部英雄は呪歌の起源が室町時代に遡ると述べ、特定の地域では呪歌のみが独立した祈りとして存在していたことを説明しています。これにより、伝説そのものが後から作られた可能性が浮上しています。

鯖大師信仰の現状

鯖大師の姿は、茣蓙を背負い、笠をかぶった立ち姿で表現され、片手に数珠、もう一方の手には鯖を掲げています。この姿は、旅装束に身を包んだ弘法大師の像と似ています。各地では、鯖大師の石仏が路傍や峠に設置され、漁業や陸上交通の安全、さらには牛馬に関する祈願を行う対象とされてきました。また、東北地方では、馬の腹痛を治す呪文として伝えられています。

近年、鯖大師は札所のある寺院や大師堂に収められ、参拝の対象として親しまれています。主要な寺院には、徳島県の八坂寺、福岡県の南蔵院、因島市にある鯖大師堂、兵庫県の須磨寺などがあります。また、知多地方には特に「知多三鯖大師」と呼ばれる信仰も存在します。

このように、鯖大師の伝説と信仰は日本の豊かな民間信仰の一部を形成し、地域における文化的なアイデンティティの一環として受け継がれています。

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