お富さん
「お富さん」（おとみさん）は、昭和29年8月、歌手・春日八郎によって世に送り出された歌謡曲です。
大ヒットまでの波瀾と驚異的なセールス
この楽曲の作詞は山崎正氏、作曲は渡久地政信氏が担当しました。当初、キングレコードの看板歌手だった岡晴夫氏が歌唱する予定でしたが、岡氏が突如レコード会社を離れてフリー宣言したため、急遽、当時まだ若手だった春日氏に白羽の矢が立ちました。この偶然とも言える起用が、後に音楽史に残る大成功へと繋がります。発売からわずか4ヶ月で40万枚を売り上げ、最終的には実に125万枚という驚異的なセールスを記録。「お富さん」は、春日八郎氏にとって間違いなく出世作となり、その後のキャリアを決定づける一曲となりました。
楽曲に込められた音楽的な背景
作曲を手がけた渡久地氏は、当時の宴席で流行していたわいせつな内容のお座敷ソングに代わる、軽快なノリで替え歌が生まれやすい楽曲を目指したと述べています。沖縄出身で奄美大島で育った渡久地氏は、自身の音楽的なルーツを色濃く反映させました。四分の四拍子のリズムの中に八分の六拍子をアクセントとして加えるブギウギのリズムを基盤に、手拍子や軽快なヨナ抜き音階といった沖縄音楽（カチャーシー）の要素、そしてチンドン屋のリズムにも影響を受けた奄美新民謡の要素を巧みに織り交ぜて曲を作り上げました。
歌舞伎からの引用と歌詞が巻き起こした波紋
作詞の山崎氏は、レコード会社からの「復古調」という要望に応え、戦前・戦中の芸能の世界で定番であった歌舞伎の演目『与話情浮名横櫛（よわなさけうきなのよこぐし）』（通称「切られ与三郎」）から、多くのセリフを歌詞に取り入れました。しかし興味深いことに、作詞の山崎氏自身は特に歌舞伎に精通していたわけではなく、作曲の渡久地氏に至っては「カブキは嫌いで、見た事もない」と語っています。「粋な黒塀」「見越の松」「他人の花」といった、どこか浮世離れした、あるいはアウトロー的な雰囲気を持つ名詞句は、その意味を知らない子供たちまでもが盛んに口ずさむほど流行しました。
しかし、そのアウトロー的な雰囲気をまとった歌詞は、子供たちが盛んに口ずさんだこともあり、教育上問題視される論争を巻き起こしました。NHKで子供の歌唱の是非を問う討論番組が組まれたほどです。また、歌詞の冒頭にある「粋な黒塀」は、山崎氏が若き日に過ごした高崎市の花街、柳川町の風景から着想を得たものです。この縁もあり、楽曲がヒットした1954年には、柳川町にあった高崎電気館で春日八郎氏の歌謡ショーが開催されました。
後続の楽曲と春日八郎氏の生涯
「お富さん」の爆発的なヒットを受け、他社も追随しました。ビクターレコードは、歌舞伎の別の演目『青砥稿花紅彩画（あおとぞうしはなののにしきえ）』（通称「白浪五人男」）を題材にした「弁天小僧」（歌：三浦洸一）をリリースし、こちらもヒットさせています。
1984年には、作詞を伊藤アキラ氏、作曲を森田公一氏が担当した続編「その後のお富さん」が、再び春日八郎氏の歌唱で発売されました。ただし、この続編では歌舞伎の要素は一切なく、お富と与三郎のその後を描いた、すすき野、八代、輪島、横浜のご当地ソングとなっています。
元号が昭和から平成に変わった1989年の大晦日、春日氏は『第40回NHK紅白歌合戦・第一部（昭和の紅白）』で「お富さん」を歌唱しました。これが春日氏にとって生涯最後の紅白歌合戦への出演となりました。1991年10月、67歳で逝去した際の葬儀では、参列者全員でこの「お富さん」を合唱し、故人を偲びました。葬儀には竹下登元総理大臣も参列しています。
多様なアーティストによるカバー
この楽曲は、その後も多くのアーティストによってカバーされ、様々な形で再解釈されています。1970年には青江三奈氏が、翌1971年には都はるみ氏が「はるみのお富さん」としてカバーしました。青江氏のバージョンが都会的なブルース艶歌としてアレンジされたのに対し、都氏のバージョンは同じ艶歌でもチンドン風のアレンジが特徴です。
特に注目されたのは、1970年代のディスコブームに乗って生まれたカバーです。偶然来日していたメンフィスのファンクグループ、エボニー・ウェッブにディスコ風のアレンジで歌唱してもらい、1978年11月末に「ディスコお富さん」として発売されました。これがリバイバルヒットとなり、関西から全国へと人気が拡大。1979年1月時点で25万枚を売り上げ、リアルタイムで原曲を知らない10代から20代の若者層を中心に支持されました。作曲者の渡久地氏は、「こんな再生の仕方もあるんだね」と感心したといいます。このヒットを受けて、エボニー・ウェッブは続けて「花笠音頭」もカバーしましたが、こちらはヒットには至らず、彼らは翌年に帰国しました。「ディスコお富さん」は、2000年代以降にディスコ歌謡の名盤として再評価されています。
さらに、1990年代には沖縄民謡の唄者である平安隆氏や、チンドン楽団のソウル・フラワー・モノノケ・サミットなどもカバーしており、その音楽的な多様性が受け継がれています。また、演歌歌手の福田こうへい氏も、2017年発売のカバーアルバムでこの曲を取り上げています。
文化の中での存在感
歌謡曲としての枠を超え、文化的な存在としても定着しています。例えば、人気漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の主人公である両津勘吉巡査長は、春日八郎氏の大ファンという設定であり、作中でたびたび「お富さん」を口ずさむシーンが登場します。
このように、「お富さん」は単なる一過性のヒット曲ではなく、発表当時の社会や文化に大きな影響を与え、その後も様々な形で世代を超えて歌い継がれ、再評価され続ける、日本の歌謡史における重要な一曲と言えるでしょう。
大ヒットまでの波瀾と驚異的なセールス
この楽曲の作詞は山崎正氏、作曲は渡久地政信氏が担当しました。当初、キングレコードの看板歌手だった岡晴夫氏が歌唱する予定でしたが、岡氏が突如レコード会社を離れてフリー宣言したため、急遽、当時まだ若手だった春日氏に白羽の矢が立ちました。この偶然とも言える起用が、後に音楽史に残る大成功へと繋がります。発売からわずか4ヶ月で40万枚を売り上げ、最終的には実に125万枚という驚異的なセールスを記録。「お富さん」は、春日八郎氏にとって間違いなく出世作となり、その後のキャリアを決定づける一曲となりました。
楽曲に込められた音楽的な背景
作曲を手がけた渡久地氏は、当時の宴席で流行していたわいせつな内容のお座敷ソングに代わる、軽快なノリで替え歌が生まれやすい楽曲を目指したと述べています。沖縄出身で奄美大島で育った渡久地氏は、自身の音楽的なルーツを色濃く反映させました。四分の四拍子のリズムの中に八分の六拍子をアクセントとして加えるブギウギのリズムを基盤に、手拍子や軽快なヨナ抜き音階といった沖縄音楽（カチャーシー）の要素、そしてチンドン屋のリズムにも影響を受けた奄美新民謡の要素を巧みに織り交ぜて曲を作り上げました。
歌舞伎からの引用と歌詞が巻き起こした波紋
作詞の山崎氏は、レコード会社からの「復古調」という要望に応え、戦前・戦中の芸能の世界で定番であった歌舞伎の演目『与話情浮名横櫛（よわなさけうきなのよこぐし）』（通称「切られ与三郎」）から、多くのセリフを歌詞に取り入れました。しかし興味深いことに、作詞の山崎氏自身は特に歌舞伎に精通していたわけではなく、作曲の渡久地氏に至っては「カブキは嫌いで、見た事もない」と語っています。「粋な黒塀」「見越の松」「他人の花」といった、どこか浮世離れした、あるいはアウトロー的な雰囲気を持つ名詞句は、その意味を知らない子供たちまでもが盛んに口ずさむほど流行しました。
しかし、そのアウトロー的な雰囲気をまとった歌詞は、子供たちが盛んに口ずさんだこともあり、教育上問題視される論争を巻き起こしました。NHKで子供の歌唱の是非を問う討論番組が組まれたほどです。また、歌詞の冒頭にある「粋な黒塀」は、山崎氏が若き日に過ごした高崎市の花街、柳川町の風景から着想を得たものです。この縁もあり、楽曲がヒットした1954年には、柳川町にあった高崎電気館で春日八郎氏の歌謡ショーが開催されました。
後続の楽曲と春日八郎氏の生涯
「お富さん」の爆発的なヒットを受け、他社も追随しました。ビクターレコードは、歌舞伎の別の演目『青砥稿花紅彩画（あおとぞうしはなののにしきえ）』（通称「白浪五人男」）を題材にした「弁天小僧」（歌：三浦洸一）をリリースし、こちらもヒットさせています。
1984年には、作詞を伊藤アキラ氏、作曲を森田公一氏が担当した続編「その後のお富さん」が、再び春日八郎氏の歌唱で発売されました。ただし、この続編では歌舞伎の要素は一切なく、お富と与三郎のその後を描いた、すすき野、八代、輪島、横浜のご当地ソングとなっています。
元号が昭和から平成に変わった1989年の大晦日、春日氏は『第40回NHK紅白歌合戦・第一部（昭和の紅白）』で「お富さん」を歌唱しました。これが春日氏にとって生涯最後の紅白歌合戦への出演となりました。1991年10月、67歳で逝去した際の葬儀では、参列者全員でこの「お富さん」を合唱し、故人を偲びました。葬儀には竹下登元総理大臣も参列しています。
多様なアーティストによるカバー
この楽曲は、その後も多くのアーティストによってカバーされ、様々な形で再解釈されています。1970年には青江三奈氏が、翌1971年には都はるみ氏が「はるみのお富さん」としてカバーしました。青江氏のバージョンが都会的なブルース艶歌としてアレンジされたのに対し、都氏のバージョンは同じ艶歌でもチンドン風のアレンジが特徴です。
特に注目されたのは、1970年代のディスコブームに乗って生まれたカバーです。偶然来日していたメンフィスのファンクグループ、エボニー・ウェッブにディスコ風のアレンジで歌唱してもらい、1978年11月末に「ディスコお富さん」として発売されました。これがリバイバルヒットとなり、関西から全国へと人気が拡大。1979年1月時点で25万枚を売り上げ、リアルタイムで原曲を知らない10代から20代の若者層を中心に支持されました。作曲者の渡久地氏は、「こんな再生の仕方もあるんだね」と感心したといいます。このヒットを受けて、エボニー・ウェッブは続けて「花笠音頭」もカバーしましたが、こちらはヒットには至らず、彼らは翌年に帰国しました。「ディスコお富さん」は、2000年代以降にディスコ歌謡の名盤として再評価されています。
さらに、1990年代には沖縄民謡の唄者である平安隆氏や、チンドン楽団のソウル・フラワー・モノノケ・サミットなどもカバーしており、その音楽的な多様性が受け継がれています。また、演歌歌手の福田こうへい氏も、2017年発売のカバーアルバムでこの曲を取り上げています。
文化の中での存在感
歌謡曲としての枠を超え、文化的な存在としても定着しています。例えば、人気漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の主人公である両津勘吉巡査長は、春日八郎氏の大ファンという設定であり、作中でたびたび「お富さん」を口ずさむシーンが登場します。
このように、「お富さん」は単なる一過性のヒット曲ではなく、発表当時の社会や文化に大きな影響を与え、その後も様々な形で世代を超えて歌い継がれ、再評価され続ける、日本の歌謡史における重要な一曲と言えるでしょう。
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