くらわんか舟

くらわんか舟：淀川に浮かぶ江戸の食文化

くらわんか舟とは、江戸時代に淀川を往来する大型船（主に三十石船）に近づき、乗船客に飲食物を販売していた小舟のことです。特に枚方地方で多く見られ、「食らわんか舟」や「煮売船」「茶船」とも呼ばれていました。しかし、「くらわんか舟」という俗称が最も定着しました。

淀川の賑わいを支えた商い

当時の淀川は、大坂（大阪）と伏見（京都）を結ぶ重要な水路であり、三十石船という定期船が頻繁に往来していました。三十石船は、八軒家船着場（大阪）から伏見豊後橋までを昼夜兼行で結び、多くの人々や物資を運びました。枚方宿は、その途中の重要な寄港地であり、岡場所（遊郭）が多かったため、多くの人々が下船し、大変な賑わいを見せていました。

くらわんか舟は、この枚方宿に停船しようとする三十石船に、文字通り鉤爪をかけて接近し、乗客に向けて飲食を販売していました。全長5〜7mほどの小舟に2名ほどが乗り込み、船上で煮炊きをして、ごんぼ汁（ゴボウ汁）、あん餅、巻きずし、酒などを売っていました。

「くらわんか」という名前は、この地方の方言で「食わないか」という意味に由来します。中には、「銭がないのでようくらわんか」（お金がないから食えないのか）と乱暴な言葉遣いで客引きをすることもあったようです。この特徴的な呼びかけが、くらわんか舟の名前の由来となりました。

当時の人々は、汁椀などの食器を食後に返却していましたが、料金が器の数で計算されていたため、料金をごまかすために器を川に投げ捨てる客もいました。後に、川底からこれらの「くらわんか椀」が発見され、その素朴さと希少性から再評価されるようになりました。

発祥と歴史

くらわんか舟は、もともと枚方宿から少し下流の柱本村（現在の高槻市柱本）が発祥であると言われています。葉間家文書によると、茶船・煮売船は元慶2年（878年）に始まったとされ、柱本の船頭たちが大阪夏の陣などで徳川方に協力した功績により、水上専売の特権を得たと言われています。彼らは、伏見から大坂に至る淀川での食い物売りの営業特権を幕府から与えられ、その証として黒地に白の縦筋を染め抜いた川舟旗を与えられました。

また、彼らは水上警護の義務も負っており、溺れた人がいた場合は救助に努めなければなりませんでした。そのため、船を自由に操れるように、逆艪（船を後ろへも自由に漕ぎ進められるように艪を船の前部に取り付ける）を備えていました。

当初、柱本の茶船は20艘ありましたが、寛永12年（1635年）にそのうちの1艘が、淀川筋の川船を支配する枚方の監視所の御用を務めるために枚方へ移りました。これをきっかけに、枚方の茶船の勢力が増し、柱本との間で争いが起こるほどになりました。この際、地元の乱暴な言葉遣いのまま飲食を売っても構わないという特権も与えられ、身分の高い人に対しても「くらわんか」と叫ぶことが許されたため、淀川往来の名物となっていきました。柱本・枚方以外で煮売船が出た場合は、直ちに抗議して中止させ、それでも聞かない場合は町奉行などに訴え出たと言われています。

しかし、明治維新後、淀川蒸気船（外輪船）が登場し、三十石船が姿を消すと共に、くらわんか舟も衰退していきました。淀川の水運が鉄道へと移行する中で、くらわんか舟はその姿を消していきました。

現代に残る「くらわんか」

京阪電車開通後、明治末から大正の初めにかけて、夏の余興として淀川でくらわんか舟の再現が行われ、1911年（明治44年）には皇族も楽しまれましたが、数年で終了しました。しかし、今日でも「くらわんか」の名は残っており、淀川航路の復活と運航の再生が図られています。

くらわんか舟は、さまざまな紀行文学にも描かれており、東海道中膝栗毛には、くらわんか舟の船頭が「飯食はんかい。酒飲まんかい。サアサア、みな起きくされ。」とがなり立てる様子が描かれています。また、烏丸光広は、その声を「くらはぬかくらはんかにはあかねども喰ふ蚊にあくる淀の明ぼの」と詠んでいます。

大衆文学では、くらわんか舟の起源が徳川家康の伊賀越えに結び付けられ、「難波戦記」にその由来が脚色されています。また、水上惣菜業者は、第二次世界大戦後まで各地に残っていたとされ、横溝正史の推理小説にも登場しています。

くらわんか舟は、単なる飲食販売船ではなく、江戸時代の淀川の文化や人々の生活を象徴する存在でした。その名残は、今もなお、様々な形で私たちの身の回りに残っています。

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