けんびきょう座イプシロン星

けんびきょう座ε星

けんびきょう座ε星（イプシロン・ミクロスコピー、ε Microscopii）は、南天に位置するけんびきょう座を構成する恒星の一つです。地球からは約169光年の距離に位置していると推定されています。見かけの明るさは4.7等級で、これは条件の良い場所であれば肉眼でも見ることができる明るさです。

特徴

けんびきょう座ε星は、その性質から早期A型星に分類されています。この星の大きな特徴として、標準的な恒星と比べてケイ素の存在量が過剰である点が挙げられ、化学特異星の一種と見なされています。この化学組成の偏りを反映し、スペクトル型は「A1 Si」と表記されることがあります。現在の進化段階は、中心部での水素核融合を続けている主系列星であると考えられています。

星の物理的なサイズは、半径、質量ともに太陽の約2倍をわずかに超える程度です。しかし、表面温度は約9200 Kと太陽（約5800 K）よりもかなり高く、その結果として光度は太陽の約28倍にも達します。誕生からの年齢は、およそ6億年と推定されています。

けんびきょう座ε星は、比較的速い自転速度を持つ特異星としても知られています。自転速度が大きい恒星では強い磁場を伴うことがあるため、この星でも磁場の存在を探る観測が繰り返し行われてきました。しかし、これまでの測定では、有効な磁場を検出するに至っておらず、磁束密度の絶対値はほぼ測定誤差の範囲内に収まっています。

また、過去にはこの星の視線速度に時間的な変動が報告されたことがあり、連星系である可能性が示唆されたこともありました。しかし、その後の詳しい観測では、視線速度の有意な変化は確認されておらず、伴星も検出されていません。現在のところ、けんびきょう座ε星は単独で存在する恒星であると考えられています。

名称と歴史

けんびきょう座は、18世紀にフランスの天文学者ニコラ・ルイ・ド・ラカーユによって設定された、比較的新しい星座です。この星座は、同じくラカーユが設定したポンプ座などと同様に、科学機器にちなんで名付けられました。

けんびきょう座が、古くから知られているいて座とみなみのうお座の間に位置することから、けんびきょう座ε星はジョン・フラムスティードの星図ではみなみのうお座の一部として記録されており、「みなみのうお座4番星（4 Piscis Austrini）」というフラムスティード名でも知られています。

さらに歴史を遡ると、この星が位置する領域には、かつて「けいききゅう座（気球座、グロバス・アエロスタティクス）」という星座が設定されていた時期があります。けいききゅう座は現在では使われていない廃止された星座ですが、けんびきょう座ε星はそのけいききゅう座の中で最も明るい恒星でした。

中国の伝統的な天文学における区分では、けんびきょう座ε星は「離瑜（Lí Yú）」と呼ばれる星官（アステリズム）を構成する星の一つです。離瑜は、古代中国の女性が着用する礼服やそこに飾られる宝石を象徴するとされています。離瑜の星官は、けんびきょう座ε星の他に、みなみのうお座の恒星を含む3つの星から成り立っており、けんびきょう座ε星自身は「離瑜二」（離瑜の2番目の星）と呼ばれています。

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