はるか (イルカ)

腹びれイルカ「はるか」：鯨類進化の謎を解き明かす希望の光

「はるか」は、2006年に和歌山県太地町で発見されたメスのハンドウイルカです。彼女の最大の特徴は、通常はないはずの「第4のひれ」、つまり腹びれを持っていたことです。この珍しい特徴から、彼女は「腹びれイルカ」とも呼ばれ、鯨類の進化を研究する上で非常に貴重な存在として注目されました。

発見と初期の研究

2006年11月、太地町立くじらの博物館は、生殖器の脇に一対の腹びれを持つハンドウイルカを発見したと発表しました。この発見に対し、日本鯨類研究所の大隅清治名誉館長は、クジラ類の祖先が水中生活を始めた後の後脚の退化過程において、遺伝子の突然変異によって先祖返りが起きた可能性を示唆しました。

通常、イルカのひれは胸びれ、背びれ、尾びれの3種類のみです。大隅名誉館長は、完全なひれを持つ鯨類の発見は世界初であるとし、この発見が3000万〜5500万年前の始新世に存在したムカシクジラの時代を再現するものではないかと推測しました。彼はまた、この発見が水生哺乳類の進化過程を明らかにする可能性に期待を寄せ、詳細な調査と研究の必要性を強調しました。

個体としての「はるか」

発見時、「はるか」の腹びれは約15cmでしたが、その後17cmと測定されました。大隅名誉館長は、他の部位に異常が見られないことから、この腹びれは奇形ではないと推測しました。研究者たちは、「はるか」の腹びれの動きを詳細に分析し、一部は自立的に動いていることを確認しました。発見当初はオスと推測されましたが、後にメスであることが判明し、捕獲時の推定年齢は8〜13歳でした。

「はるか」は、健康管理のためのトレーニングを受け、繁殖を目指した研究も行われました。他の妊娠したメスと共に飼育され、出産や育児の様子を観察させる訓練も行われました。2012年には、同じ水槽で飼育されているイルカの中でリーダー的な存在となり、来館者にも人気を集めました。特にジャンプが得意で、その高いジャンプは多くの人々を魅了しました。

「はるか研究プロジェクト」の発足

鯨類進化史上最大の謎である後脚の消失を解明するため、東京海洋大学、三重大学、東京大学、慶應義塾大学、順天堂大学、国立遺伝学研究所、そしてくじらの博物館の研究者たちが集まり、「はるか研究プロジェクト」が発足しました。このプロジェクトでは、生理繁殖、行動機能、遺伝、形態の4つの研究グループが設置され、「はるか」の飼育管理、行動観察、DNA解析、体の構造研究などが進められました。

研究チームは、「はるか」のX線撮影を行い、腹びれの中に指の骨など約21個の不完全な骨格があることを発見しました。この発見は、鯨類の進化過程における重要な手がかりとなると期待されました。加藤秀弘教授は、腹びれのあるイルカの科学的調査は世界初であるとし、この研究が化石として残りにくい鯨類の進化の過程を解明する上で貴重な情報をもたらすと述べました。

研究成果と「はるか」の死

研究の結果、「はるか」の腹びれは左右非対称であり、内部には指骨に似た骨や大腿骨、脛骨とみられる骨など、計22本の骨があることが確認されました。また、「はるか」の血液からゲノム解析も行われ、遺伝子レベルでの研究も進められました。

しかし、「はるか」は2013年4月4日に多臓器不全のため死亡しました。彼女の死は、NHKニュースでも報道され、その遺骸は複製作成や研究のために冷凍保存されました。研究プロジェクトは、「はるか」の死後も、彼女のレプリカ作成やiPS細胞の作製、学術解剖などを通して続けられています。

「はるか」が残した影響

「はるか」の発見は、くじらの博物館に多くの幸運をもたらしました。400年記念の年に発見されたことや、新たな研究体制が整ったことなど、偶然が重なり、その名は世界に広まりました。彼女の存在は、鯨類研究の新たな扉を開き、進化の謎に迫るための貴重な手がかりを与えてくれました。

「はるか」は、その短い生涯の中で、私たちに多くのことを教えてくれました。彼女の存在は、これからも鯨類研究の歴史に深く刻まれ、多くの研究者たちの心に希望の光を灯し続けるでしょう。

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