もう半分

もう半分（もうはんぶん）

落語の演目の一つで、別名を「五勺酒（ごしゃくざけ）」とも称されます。主に東京で語り継がれている噺です。作者は怪談噺の名手として知られる三遊亭圓朝。五代目古今亭今輔や五代目古今亭志ん生といった名だたる演者によって口演され、人気を博しました。

物語のあらすじ

物語の舞台は、永代橋（あるいは千住大橋）のほとりで小さな注ぎ酒屋（店内で酒を飲ませる形態の酒店）を営む夫婦のもとです。ある夜から、六十歳を過ぎた様子の行商の老人が毎晩のように店へ現れるようになります。この老人の酒の飲み方は独特でした。一合を一度に注文せず、まず一合枡の半分にあたる五勺だけを頼み、飲み終えると再び「もう半分」と注文して五勺を飲むのです。店主がその理由を尋ねると、老人は「こうすれば勘定が安く感じるし、量も多く飲んだ気がするから」と答えます。

ある晩、老人は風呂敷包みを店に置き忘れたまま帰ってしまいます。店主は「明日また来るだろうから」と包みを片付けようと持ち上げたところ、その異常な重さに気づき不審に思います。 curiosityに駆られて包みを開けてみると、中には五拾両もの大金が入っていました。「この金があれば、長年の夢だった大きな店が手に入る」と、夫婦の心にはたちまち悪心が芽生えます。慌てて包みを取りに戻ってきた老人に対し、夫婦は金を預かっていないとしらを切ります。老人は涙ながらに、その金が娘が吉原へ身を売って工面してくれた大切な金であることを明かしますが、夫婦の態度は変わりません。失意のうちに店を出た老人は、そのまま近くの橋から川へ身を投げてしまいます。

しばらく時が過ぎ、横領した金を元手に立派な店を構えた酒屋夫婦に、念願の赤ん坊が誕生します。しかし、生まれてきた子は衝撃的な姿をしていました。頭には白髪がびっしりと生え、その顔は身投げしたあの老人に瓜二つだったのです。妻はこの光景に強いショックを受け、病に伏せそのまま帰らぬ人となります。店主は、この子を育てることこそ老人の供養になると考え、乳母を雇います。しかし、雇った乳母は皆、わずか一日で辞めていきました。そこで店主は、どんな事にも動じないという評判の乳母を雇いますが、その乳母も一夜明けると「辞めさせてほしい」と懇願します。理由を尋ねると、乳母は口ごもりながらも「ご自分で確かめてください」と言うばかりでした。

その晩、店主は乳母と赤ん坊が寝る部屋の隣室に隠れて様子を窺うことにします。丑三つ時（午前二時頃）、それまで眠っていたはずの赤ん坊が突然むくりと起き上がりました。赤ん坊は乳母の寝息を確かめるように伺い、枕元の行灯（あんどん）の下にある油さしから、静かに油を茶碗に注ぎ入れます。そして、それをまるで美味な酒を味わうかのように、ゆっくりと飲み干しました。

この光景を目撃した店主は、「おのれ、爺め！ 迷い出たか！」と叫び、部屋に飛び込みます。赤ん坊は茶碗を手に、店主に向かって一言発します。

「もう半分」

主なバリエーション

この噺には、演者によって様々な演出や設定の違いが見られます。

舞台設定: 圓朝の弟子・初代三遊亭圓左の速記では永代橋が舞台ですが、小塚原刑場が近いことから怪談色を強めるために千住大橋とする演者もいます。酒屋の場所を具体的に「小塚原」とする場合もあります。
娘の続柄: 老人が身売りの金だと語る娘が、実の娘である場合と、後妻の連れ子である場合があります。
老人の最期: 夫婦が老人を力ずくで追い出す筋、店主が老人の身投げを目撃する筋（気まずさから銭湯へ行く道すがら、あるいは後を追って）、さらには六代目五街道雲助のように店主が橋から突き落として殺害するという大胆な演出も存在します。
赤ん坊の誕生時期と性別: 物語の冒頭で妻が臨月であり、老人の死後すぐに赤ん坊が生まれる設定と、数年経ってから生まれる設定があります。また、赤ん坊の性別も女児、男児どちらの演じ方もあります。
乳母の証言: 夜中の出来事を見た乳母が、その晩のうちに店主に語ってしまう演じ方もあります。
結末: 赤ん坊の「もう半分」という言葉と仕草で終わるパターンが多いですが、それに驚いた店主がそのまま頓死し、栄えていた家が再び没落するという後日談を加える演出もあります。

典拠・類話

本作の典拠については、福田素子が中国の「討債鬼故事（とうさいきこじ）」と呼ばれる説話群、特に恨みを持って死んだ者が恨む相手の子として生まれるという物語との類似性を指摘しています。しかし、明確な典拠とは断定していません。また、日本の怪談噺「六部殺し」とも共通する要素があり、そのバリエーションの一つとして捉えられることもあります。

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