アッシュリア属州

アッシュリア属州：幻のローマ帝国領

アッシュリア属州は、ローマ帝国が116年から118年までの短い期間のみ設置した属州です。現代のイラクに位置しますが、その実態は謎に包まれています。本記事では、アッシュリア属州の歴史、場所、そしてその後のローマ帝国の活動について詳しく解説します。

歴史：トラヤヌスの征服とハドリアヌスの撤退

113年、ローマ皇帝トラヤヌスはパルティア（現代のイラク）への軍事作戦を成功させ、116年までにアッシュリア属州、アルメニア属州、メソポタミア属州の3つの属州を設置しました。しかし、その運営は困難を極めました。

116年、パルティアの王子サントルケスが、ローマの新属州で武装反乱を組織しました。反乱は激化し、アッシュリアとメソポタミアに駐屯していたローマ軍は駐屯地から追い出され、鎮圧に失敗したローマ軍の将軍が殺害される事態となりました。

117年にトラヤヌスが死去すると、後継者のハドリアヌスは、東方属州に関する新たな方針を打ち出しました。ハドリアヌスは、帝国が膨張しすぎていると考え、防衛しやすい国境線を優先するため、ローマの支配を撤回しようとしました。その結果、118年にハドリアヌスはトラヤヌスが設置した3つの属州から撤退しました。

場所：意見が分かれるアッシュリア属州の位置

アッシュリア属州の場所については、複数の情報源で言及されていますが、その正確な位置については意見の相違があります。歴史家のテオドール・モムゼンは、メソポタミア属州の北、イラン北西部の西部ペルシャまで広がっていたと主張しました。

しかし、一部の現代の学者は、4世紀のローマ史家フェストゥスの文書に基づき、アッシュリア属州が現代のイラク中部に当たるチグリス川とユーフラテス川の間に位置していたと主張しています。また、アルメニアとチグリス川東部、かつてのアディアベネ王国や新アッシリア帝国の近くに位置していたとする情報源もあります。

その後のローマの活動：再征服と属州の再編

118年のハドリアヌスによる撤退は、この地域におけるローマの支配の終わりを意味しませんでした。161年から165年にかけて、ローマ皇帝ルキウス・ウェルスの指揮下、ユーフラテス川東部の領域を再征服するためのパルティアへの軍事作戦が開始されました。

197年から198年にかけて、ローマ皇帝セプティミウス・セウェルスによってパルティアへの更なる軍事作戦が行われました。この作戦の成功の後、セウェルスはトラヤヌスが属州を置いたのと同じ地域に、オスロエネ属州とメソポタミア属州の2つの属州を設置しました。セウェルスは、これらの新たな属州に2つのローマ軍団を配置し、パルティア（後のサーサーン朝ペルシャ）からの攻撃を防衛しました。

この地域へのローマの影響は、363年の皇帝ヨウィアヌスの時代に終焉を迎えました。ヨウィアヌスは、サーサーン朝ペルシャとの間で早急に平和協定を結び、自身の政治力を強化するためにコンスタンティノープルへと撤退しました。

アッシュリア属州は短命に終わりましたが、ローマ帝国の東方政策における重要な転換点となりました。その存在は、帝国の拡大と撤退の繰り返し、そして国境線の維持がいかに困難であったかを物語っています。

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