アトス
自治修道士共和国は、
ギリシャ共和国の中央マケドニア地方南部に位置する、
ギリシャ正教の
聖地であり、
修道院共同体として独自の
自治を行う地域です。
ギリシャ国内にありながら、
治外法権が認められており、各国
正教会の20の
修道院によって運営される、一種の宗教国家としての性格を有しています。
概要
アトス山(標高2,033m)は、ハルキディキ半島の最北東端に位置し、「聖なる山」として知られています。この地域は1988年にユネスコの
世界遺産に登録されており、その独特な文化と自然が保護されています。
アトス山とその周辺のアクティ半島は、海からしかアクセスできない断崖絶壁の地形をしており、外部から隔絶された
秘境となっています。
歴史
7世紀頃から
修道士たちが暮らし始めたとされ、
963年に聖アタナシオスがメギスティス・ラヴラ
修道院を創立したことで、アトスは修道生活の中心地として発展しました。この
修道院は、厳しい戒律に基づく共同生活の模範となり、その後、多くの
修道院が建てられました。最盛期には6万人の
修道士が暮らしていたと伝えられています。
オスマン帝国支配下でも、
修道院は正教の伝統を守り続け、
イコンやフレスコ画などの芸術も発展しました。
1829年の
ギリシャ独立後は、
ギリシャ政府の保護のもと、
自治権を持つ独立共和国として現在に至っています。
アトス山は古くから「
神の母」である生神女マリヤが宿る山として信仰を集めてきました。伝承によれば、マリヤが嵐でこの地に避難した際、その美しさに魅せられ、自分の土地としたとされています。
入山とアクセス
アトスへの入山は厳しく制限されています。
外国人は
ギリシャ外務省の特別な
査証が必要で、申請から発給まで約1ヶ月を要します。上陸も特別な許可を得た者のみが小舟で、指定された船着場から入ることが許されています。
一般の旅行者は、
テッサロニキ周辺からの観光クルーズで、
修道院の外観や黒い僧服を着た
修道士たちの姿を海から眺めることができます。
1406年から続く
女人禁制は、アトスの最も特徴的な慣習の一つです。
女性はもちろん、雌の家畜の入山も禁止されています。これは、
修道士たちが禁欲的な生活を送る上で、
女性がその妨げになるという考えに基づいています。
女性を乗せた船は、アトス半島の岸から500m以内に近づくことができません。
この
女人禁制は、欧州議会から男女平等に反するとして撤廃を求められていますが、アトス側は宗教的慣習として維持しています。
時間規定と暦
アトスでは、現在も
ユリウス暦が使用されており、
日没を1日の始まりとする独特の時間規定が用いられています。
首都カリエス
カリエスは、アトスの政治と行政の中心地です。
修道士や巡礼者が必ず訪れる場所で、聖庁や「国会」など、重要な施設が集まっています。カリエスには公衆電話があり、国際電話も可能です。また、1960年代以降に道路が整備され、
自動車が利用されています。
カリエスにあるプロタトン聖堂は、アトス最古の建築物で、
ビザンティン建築の傑作として知られています。この聖堂では、かつて長老会議が行われ、
修道院共同体の指導者が選出されていました。
政治組織
アトス
自治修道士共和国は、「神聖な局」と「神聖な共同体」によって統治されています。20の
修道院の代表からなる「神聖な共同体」が立法機関であり、行政は
ギリシャ外務省が任命する民政長官によって代行されています。霊的な面では、コンスタンディヌーポリ
総主教庁の管轄下にあります。
各
修道院は、
修道士たちの共同体によって選ばれる終身の
典院が統括し、絶対的な権力を持っています。
修道士は
典院に絶対服従し、私有財産は認められていません。
修道院運営には、共同生活を重視する「キノヴィオン」と、個人の自由を認める「イディオリスミオン」の2つの方式があります。かつてはイディオリスミオンを採用する
修道院が多かったですが、近年はキノヴィオンが主流となっています。
修道院の管轄を超えて、スキテと呼ばれる小さな共同体も存在し、
修道士たちは工芸的な手仕事にも励んでいます。入山を許可された者は、初心者または僧として認められ、
ギリシャ市民権を取得することができます。
20の
修道院のうち、16院は
ギリシャ人
修道士が多いですが、ヒランダル
修道院(
セルビア正教会)、ゾクラフウ
修道院(
ブルガリア正教会)、イヴィロン
修道院(
グルジア正教会)、聖パンテレイモン
修道院(
ロシア正教会)は、それぞれ外国の
正教会とのつながりを持っています。また、スキテの中にも
ルーマニア正教会、
ブルガリア正教会に属する別院があります。
アトス
自治修道士共和国は、中世の信仰生活が現代に残る、貴重な場所です。独自の文化と宗教的伝統が今も息づき、世界中の人々を魅了し続けています。