アブ・シンベル神殿
アブ・シンベル神殿は、エジプトの最南部、スーダンとの国境にほど近いナイル川西岸、ヌビアと呼ばれる地域に位置する、古代エジプト新王国時代を代表する壮大な岩窟神殿群です。
この神殿は、紀元前1260年頃、エジプト史上最も偉大なファラオの一人とされるラムセス2世の命によって建造されました。神殿は単なる建造物ではなく、岩山そのものを彫り込んで造られたものであり、古代エジプト人の驚異的な技術力と王権の強大さを示す記念碑的存在です。
主には、太陽神ラーやラムセス2世自身を祀る大神殿と、愛と美の女神ハトホル、そして王妃ネフェルタリに捧げられた小神殿の二つから構成されています。
完成後、長い年月の経過とともに砂漠の砂に埋もれてしまい、その存在は忘れ去られていました。しかし、19世紀初頭になって再び発見されます。1813年にスイスの東洋学者ヨハン・ルートヴィヒ・ブルクハルトが小神殿の一部を見つけ、その数年後の1817年には、イタリア人探検家ジョヴァンニ・バッティスタ・ベルツォーニが砂に埋もれた大神殿の入口を発掘し、ついにその全貌が明らかになりました。
20世紀半ば、アブ・シンベル神殿は最大の危機を迎えます。ナイル川にアスワン・ハイ・ダムが建設される計画が進み、完成すれば神殿がダムによって形成される広大な人造湖、ナセル湖の底に沈んでしまうことが確実になったのです。
この危機に対し、ユネスコ（国際連合教育科学文化機関）は世界各国に支援を呼びかけ、前例のない国際的な遺跡救済キャンペーンを展開しました。その結果、1964年から1968年にかけて、神殿全体を元の場所から切り離し、約60メートル上方の丘へ、そしてナイル川から210メートル離れた場所へと移築するという、前代未聞のプロジェクトが実行されました。
神殿は精緻に計算された上で、数千個にも及ぶ巨大なブロックに分割され、クレーンなどを用いて慎重に運び上げられました。そして、コンクリート製の人工ドームの上に、元の姿のまま正確に再構築されたのです。この大規模な移設工事の成功は、危機に瀕した人類共通の文化遺産や自然環境を国際協力によって保護することの重要性を世界に示し、その後の世界遺産制度創設の大きなきっかけの一つとなりました。
現在、アブ・シンベル神殿は、アスワン・ハイ・ダムの建設によって誕生したナセル湖畔に静かに佇んでいます。
アブ・シンベル神殿は、ヌビア遺跡群の一部として、1979年にユネスコ世界遺産に登録されました。登録基準においては、特に以下の点が評価されています。
基準(1): 人類が創造した芸術的・技術的傑作であること。巨大な岩山を彫り込んだ神殿の規模や美しさ、そしてその移設工事は、人類の創造的才能の極みを示すものです。
基準(3): 既に消滅した、あるいは現存する文化的な伝統や文明に関する、他に類を見ない、あるいは少なくとも稀な証拠であること。古代エジプト新王国時代の信仰や文化、技術を知る上で極めて貴重な遺跡です。
* 基準(6): 普遍的に重要な出来事や信仰、芸術作品などと直接関連すること。ラムセス2世という歴史上の偉大な王の業績や、太陽信仰、そして20世紀の遺跡救済という出来事との関連性が評価されています。
大神殿はラムセス2世自身と太陽神ラーを祭神としています。神殿の正面には、高さが20メートルを超えるラムセス2世の巨大な坐像が4体鎮座しており、その足元などには王の家族の像が配されています。内部には広間や至聖所があり、至聖所の奥には冥界の神プタハ、太陽神アメン・ラー、天空の神ラー・ホルアクティ、そして神格化されたラムセス2世の像が並んでいます。
壁面には、ラムセス2世の軍事的な偉業、特にヒッタイトとのカディシュの戦いや、シリア、リビア、ヌビアとの戦いの様子が緻密な浮き彫りで描かれており、古代エジプトの戦争や儀式の様子を知る貴重な資料となっています。また、興味深いことに、ラムセス2世像の足元には、ヌビア遠征に参加した古代ギリシャ人傭兵が残した落書きが見られます。
正面の4体の巨像のうち、向かって左から2番目の像は、完成から間もない頃に起きた地震によって崩落しており、その頭部の一部が現在も足元に転がっています。
大神殿の設計における最大の神秘は、年に2回、特定の時期に朝日が神殿内部の至聖所の奥まで差し込み、4体の像のうちプタハ神を除く3体（アメン・ラー、ラー・ホルアクティ、ラムセス2世）を照らすように計算されていることです。
この現象は、建設当時は王の誕生日と即位の日とされる10月22日と2月22日に起こったと考えられています。太陽光が神々の像と王の像を照らすことで、王の力が太陽のエネルギーによって活性化され、強化されるという信仰があったと推測されています。
現在は、地軸の歳差運動や神殿の移設の影響により、この光の到達日は元の期日より1日ずれて観測されていますが、この神秘的な光景は今もなお多くの観光客を魅了するアブ・シンベル神殿のハイライトとなっています。
小神殿は、女神ハトホルと王妃ネフェルタリに捧げられました。大神殿に比べて規模は小さいですが、正面にはラムセス2世の立像4体とネフェルタリ王妃の立像2体が交互に配置されています。それぞれの像の脇には、王子や王女の小さな像が並んでいます。これは、王妃への特別な敬意を示すものと解釈されています。
アブ・シンベルへは、主にアスワンからの陸路（バスで約4時間）または空路でアクセスします。アブ・シンベル空港からは、到着便に合わせて神殿への無料送迎バスが運行されています。
アブ・シンベル神殿は、古代エジプトの栄華と技術、そして現代における人類の文化遺産保護への取り組みを象徴する、世界でも類を見ない遺跡です。
建造と歴史
この神殿は、紀元前1260年頃、エジプト史上最も偉大なファラオの一人とされるラムセス2世の命によって建造されました。神殿は単なる建造物ではなく、岩山そのものを彫り込んで造られたものであり、古代エジプト人の驚異的な技術力と王権の強大さを示す記念碑的存在です。
主には、太陽神ラーやラムセス2世自身を祀る大神殿と、愛と美の女神ハトホル、そして王妃ネフェルタリに捧げられた小神殿の二つから構成されています。
完成後、長い年月の経過とともに砂漠の砂に埋もれてしまい、その存在は忘れ去られていました。しかし、19世紀初頭になって再び発見されます。1813年にスイスの東洋学者ヨハン・ルートヴィヒ・ブルクハルトが小神殿の一部を見つけ、その数年後の1817年には、イタリア人探検家ジョヴァンニ・バッティスタ・ベルツォーニが砂に埋もれた大神殿の入口を発掘し、ついにその全貌が明らかになりました。
水没危機と世紀の大移設
20世紀半ば、アブ・シンベル神殿は最大の危機を迎えます。ナイル川にアスワン・ハイ・ダムが建設される計画が進み、完成すれば神殿がダムによって形成される広大な人造湖、ナセル湖の底に沈んでしまうことが確実になったのです。
この危機に対し、ユネスコ（国際連合教育科学文化機関）は世界各国に支援を呼びかけ、前例のない国際的な遺跡救済キャンペーンを展開しました。その結果、1964年から1968年にかけて、神殿全体を元の場所から切り離し、約60メートル上方の丘へ、そしてナイル川から210メートル離れた場所へと移築するという、前代未聞のプロジェクトが実行されました。
神殿は精緻に計算された上で、数千個にも及ぶ巨大なブロックに分割され、クレーンなどを用いて慎重に運び上げられました。そして、コンクリート製の人工ドームの上に、元の姿のまま正確に再構築されたのです。この大規模な移設工事の成功は、危機に瀕した人類共通の文化遺産や自然環境を国際協力によって保護することの重要性を世界に示し、その後の世界遺産制度創設の大きなきっかけの一つとなりました。
現在、アブ・シンベル神殿は、アスワン・ハイ・ダムの建設によって誕生したナセル湖畔に静かに佇んでいます。
世界遺産としての登録
アブ・シンベル神殿は、ヌビア遺跡群の一部として、1979年にユネスコ世界遺産に登録されました。登録基準においては、特に以下の点が評価されています。
基準(1): 人類が創造した芸術的・技術的傑作であること。巨大な岩山を彫り込んだ神殿の規模や美しさ、そしてその移設工事は、人類の創造的才能の極みを示すものです。
基準(3): 既に消滅した、あるいは現存する文化的な伝統や文明に関する、他に類を見ない、あるいは少なくとも稀な証拠であること。古代エジプト新王国時代の信仰や文化、技術を知る上で極めて貴重な遺跡です。
* 基準(6): 普遍的に重要な出来事や信仰、芸術作品などと直接関連すること。ラムセス2世という歴史上の偉大な王の業績や、太陽信仰、そして20世紀の遺跡救済という出来事との関連性が評価されています。
大神殿の特徴
大神殿はラムセス2世自身と太陽神ラーを祭神としています。神殿の正面には、高さが20メートルを超えるラムセス2世の巨大な坐像が4体鎮座しており、その足元などには王の家族の像が配されています。内部には広間や至聖所があり、至聖所の奥には冥界の神プタハ、太陽神アメン・ラー、天空の神ラー・ホルアクティ、そして神格化されたラムセス2世の像が並んでいます。
壁面には、ラムセス2世の軍事的な偉業、特にヒッタイトとのカディシュの戦いや、シリア、リビア、ヌビアとの戦いの様子が緻密な浮き彫りで描かれており、古代エジプトの戦争や儀式の様子を知る貴重な資料となっています。また、興味深いことに、ラムセス2世像の足元には、ヌビア遠征に参加した古代ギリシャ人傭兵が残した落書きが見られます。
正面の4体の巨像のうち、向かって左から2番目の像は、完成から間もない頃に起きた地震によって崩落しており、その頭部の一部が現在も足元に転がっています。
太陽光の神秘
大神殿の設計における最大の神秘は、年に2回、特定の時期に朝日が神殿内部の至聖所の奥まで差し込み、4体の像のうちプタハ神を除く3体（アメン・ラー、ラー・ホルアクティ、ラムセス2世）を照らすように計算されていることです。
この現象は、建設当時は王の誕生日と即位の日とされる10月22日と2月22日に起こったと考えられています。太陽光が神々の像と王の像を照らすことで、王の力が太陽のエネルギーによって活性化され、強化されるという信仰があったと推測されています。
現在は、地軸の歳差運動や神殿の移設の影響により、この光の到達日は元の期日より1日ずれて観測されていますが、この神秘的な光景は今もなお多くの観光客を魅了するアブ・シンベル神殿のハイライトとなっています。
小神殿の特徴
小神殿は、女神ハトホルと王妃ネフェルタリに捧げられました。大神殿に比べて規模は小さいですが、正面にはラムセス2世の立像4体とネフェルタリ王妃の立像2体が交互に配置されています。それぞれの像の脇には、王子や王女の小さな像が並んでいます。これは、王妃への特別な敬意を示すものと解釈されています。
アクセス
アブ・シンベルへは、主にアスワンからの陸路（バスで約4時間）または空路でアクセスします。アブ・シンベル空港からは、到着便に合わせて神殿への無料送迎バスが運行されています。
アブ・シンベル神殿は、古代エジプトの栄華と技術、そして現代における人類の文化遺産保護への取り組みを象徴する、世界でも類を見ない遺跡です。
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