アポロンとダプニス

ピエトロ・ペルジーノ作『アポロンとダプニス』について

この絵画は、盛期ルネサンスのイタリア人画家ピエトロ・ペルジーノが1475年から1500年の間に制作した油彩画です。当初、『アポロンとマルシュアス』という題名で知られていましたが、現在では『アポロンとダプニス』として認識されています。

作品の背景

この作品は、メディチ家最盛期の当主ロレンツォ・イル・マニフィコによって発注されました。ペルジーノが描いた神話画は、現存するものが少なく、本作はイザベラ・デステのために制作された『愛欲と純潔の戦い』と並んで、非常に貴重な作品です。現在、パリのルーヴル美術館に所蔵されており、その準備素描はヴェネツィアのアカデミア美術館にあります。

主題の変遷

以前は、この絵画の主題はギリシア神話におけるアポロンとマルシュアスの音楽対決を描いたものと考えられていました。しかし、近年の研究では、シケリアの羊飼いダプニスを描いたとする説が有力になっています。ダプニスは、ヘルメス神とニンフの息子であり、牧歌を発明した人物として知られています。

ダプニスの物語

ダプニスは、ニンフたちによって育てられ、美しい牧童に成長しました。彼は多くの牛を世話しながら、詩や歌を作り、アポロンやパンといった牧神に愛されました。しかし、あるニンフとの愛の誓いを破ったため、視力を失った、または石になったとも伝えられています。

絵画の構成

ペルジーノは、画面左に座ってフルートを演奏するダプニスを、右には彼を観察するアポロンを描いています。アポロンは、右手を腰に当て、左手に杖を持ち、コントラポストのポーズで立っています。二人の間には切り株があり、そこにはアポロンの象徴である竪琴が掛けられています。また、足元には弓と矢筒が置かれています。背景には、ウンブリア地方の穏やかな田園風景が広がり、遠景には川、橋、そして城壁に囲まれた町が描かれています。

表現の特徴

この作品では、アポロンとダプニスの裸体が光によって美しく形作られており、バランスの取れた構図が穏やかな調和を生み出しています。ペルジーノは、古代の彫像を参考にして、二人のポーズを作り上げたと考えられています。アポロンのポーズは、『幼児ディオニュソスを抱くヘルメス』を、ダプニスのポーズは『休息するヘルメス』を彷彿とさせます。

主題に関する議論

フルートを演奏する人物が誰であるかについては、議論があります。以前はマルシュアスと考えられていましたが、マルシュアスは通常サテュロスとして描かれるため、疑問が残りました。ダプニス説は、フィレンツェの人文主義者ナルド・ナルディがロレンツォ・イル・マニフィコをダプニスに例えたことに由来します。しかし、準備素描ではダプニスの耳が尖っているように見えるため、当初はマルシュアスを描く予定だった可能性も指摘されています。

作品の来歴

絵画の初期の来歴は不明ですが、18世紀後半には、ロンドンの美術収集家ジョン・バーナード卿が所有していました。その後、売却され、様々な収集家の手に渡りました。モーリス・ムーアは、この作品をラファエロ作と主張しましたが、最終的に1883年にルーヴル美術館に売却されました。

まとめ

『アポロンとダプニス』は、ペルジーノの神話画の中でも特に重要な作品であり、その美しい構図と繊細な表現は、ルネサンス美術の傑作として高く評価されています。この作品は、神話的な主題を扱いながら、人間の美しさや感情を見事に表現しており、鑑賞者に深い感動を与えます。

参考資料

『西洋絵画作品名辞典』黒江光彦監修、三省堂（1994年）
アイリアノス『ギリシャ奇談集』松平千秋、中務哲郎訳、岩波文庫（1989年）
オウィディウス『変身物語（上）』中村善也訳、岩波文庫（1981年）
ディオドロス『神代地誌』飯尾都人訳、龍溪書舎（1999年）
Sara Filippin, “Questa fotografia non s’ha da fare…”: Morris Moore, Raffaello e l’Accademia di Belle Arti di Venezia. The Rivista di Studi di Fotografia, Vol.1, No.1, pp.8-25 (2015)
ルーヴル美術館公式サイト, ピエトロ・ペルジーノ『長い間アポロンとマルシュアスと言われていた、アポロンとダプニス』

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