アポロ1号

アポロ1号：悲劇と教訓

アポロ1号は、アメリカのアポロ計画における最初の有人宇宙飛行ミッションとして、1967年2月21日の打ち上げを目指して準備が進められていました。このミッションは、アポロ司令船と機械船の有人試験飛行を目的としており、宇宙開発における新たな一歩となるはずでした。しかし、1967年1月27日、発射予行演習中に発生した火災により、ガス・グリソム、エドワード・ホワイト、ロジャー・チャフィーの3名の宇宙飛行士が命を落とすという悲劇に見舞われました。

計画の概要

アポロ1号（AS-204）は、サターンIB型ロケットで地球周回軌道に打ち上げられる予定でした。使用される宇宙船は、ノースアメリカン社が製造した司令・機械船CSM-012であり、これは月面着陸方法が月周回ランデブー方式に決定される前に設計された初期型「ブロック1」バージョンでした。そのため、月着陸船とのドッキングに必要な装置は搭載されていませんでした。

このミッションは、ロケットの打ち上げ作業、地上の追跡装置や制御施設の試験も目的としており、宇宙船が順調に機能すれば2週間以内に終了する予定でした。1966年3月21日、NASAは最初の有人飛行の搭乗員としてグリソム、ホワイト、チャフィーを指名。また、予備搭乗員としてジェームズ・マクディヴィット、デヴィッド・スコット、ラッセル・シュウェイカートが、ブロック1の2号機の搭乗員にはウォルター・シラー、ドン・アイスル、ウォルター・カニンガムが任命されました。

当初、NASAはジェミニ計画の最後の飛行であるジェミニ12号とのランデブーおよびドッキングを検討していましたが、アポロ宇宙船の設計が未完成で、十分な時間が確保できなかったため、実現には至りませんでした。発射予定も1966年末から1967年2月21日に延期されました。

事故発生

1967年1月27日、宇宙船の内部電源のみで稼働可能かをテストする「プラグ切り離し試験」中、予期せぬ火災が発生しました。当時、宇宙船とロケットには燃料や酸化剤は搭載されておらず、爆発ボルトも使用できない状態だったため、試験自体は危険ではないと考えられていました。

試験開始後、宇宙服内の空気循環システムに異臭が発生し、一時的に試験が中断。その後、ハッチの密閉作業中に問題が発生し、警報機の誤作動、マイクロフォンの故障などが相次ぎました。そして、午後6時30分54秒、宇宙船内で火災が発生。チャフィーが「操縦室内で火災が発生している」と報告しましたが、17秒後には通信が途絶え、船内の気圧が急上昇し、爆発に至りました。この火災により、3名の宇宙飛行士は命を落としました。

事故調査

事故後、NASAは直ちに「アポロ204事故調査委員会」を招集し、原因究明にあたりました。調査の結果、出火の直接の原因は特定できなかったものの、飛行士の生命を奪った要因は、初期型アポロ司令船の設計と構造における広範囲な欠陥にあると結論づけられました。具体的には、以下の点が指摘されました。

出火元： 操縦室底部左側の環境制御機器付近が疑われたものの、特定には至りませんでした。静電気による発火の可能性も指摘されました。
船内の可燃性物質： 大量のベルクロ、ナイロン、その他の非金属可燃物が船内に存在し、火災を助長しました。
純粋酸素環境： 宇宙船内は高圧の純粋酸素で満たされており、可燃物が非常に燃えやすい状態でした。
ハッチの設計： 内側に開くハッチは、船内の高圧によって開けることが困難でした。
緊急時への備え： 防毒マスクは煙に効果がなく、救助体制も十分ではありませんでした。

事故後の対応

アポロ1号の事故は、アメリカの有人宇宙飛行計画に大きな影響を与え、20ヶ月間の中断を余儀なくされました。この事故を教訓に、アポロ計画では以下のような大規模な設計変更と安全対策の見直しが行われました。

船内空気の変更： 船内は、60%の酸素と40%の窒素混合気に変更されました。発射後、徐々に純粋酸素に置き換えられる方式になりました。
宇宙服の変更： 可燃性のナイロン製宇宙服を、耐熱性の高いベータ・クローズ製宇宙服に変更しました。
ハッチの変更： 外側に開く方式に変更し、緊急時にも迅速に開閉できるようになりました。
可燃性物質の排除： 船内の可燃性物質は、自己消火性を持つものに置き換えられました。
配管、配線の改善： 配管や配線に断熱材を塗り、徹底的な規約が実行されました。

計画の再開と教訓

これらの変更を経て、アポロ計画は再開され、1968年10月にはアポロ7号が初の有人飛行に成功しました。アポロ1号の教訓は、その後のアポロ計画の成功に不可欠なものとなりました。また、この事故は、宇宙開発における安全対策の重要性を改めて認識させ、NASAの安全文化を大きく変えるきっかけとなりました。

事故の記憶

アポロ1号の搭乗員たちは、その勇気と犠牲によって永遠に記憶されることになりました。彼らの名前は、ケネディ宇宙センターの「スペースミラー記念碑」に刻まれ、フロリダ州技術大学のグリソム・ホール、アラバマ州ハンツビルの3つの公立学校（ヴァージル・グリソム高校、エド・ホワイトミドルスクール、ロジャー・チャフィー小学校）など、多くの場所で彼らの功績を称える施設や記念碑が建てられています。

また、アポロ1号の事故現場となった34番発射台には、記念碑が建てられており、毎年記念式典が行われています。

アポロ1号の悲劇は、宇宙開発におけるリスクを明確に示した出来事であり、私たちに安全に対する不断の努力と、犠牲になった人々への深い敬意を抱かせる出来事として、歴史に刻まれ続けています。

参考文献

Benson, Charles D.; William Barnaby Faherty (1978), Moonport: A History of Apollo Launch Facilities and Operations, NASA History Series, NASA Special Publication-4204
Bergaust, Eric (1968), Murder on Pad 34, Puntam Publishing Group
Lattimer, Dick (1985), All We Did was Fly to the Moon, Whispering Eagle Press
Krantz, Eugene (2000), Failure is Not an Option: Mission Control from Mercury to Apollo 13 and Beyond, Berkley Publishing Corporation

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