アルドブランディーニの聖母 (ティツィアーノ)

『アルドブランディーニの聖母』、別名『聖母子と幼児の洗礼者聖ヨハネ、女性の聖人あるいは寄進者』は、イタリア・ルネサンスの巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオによって1532年頃に制作された油彩画です。

この作品は、聖母マリアが幼子イエスを抱き、その傍らで洗礼者ヨハネが花と果実を捧げている様子を描いています。画面右の中景には、羊飼いが羊の群れを連れて歩いており、上空からは天使たちが彼らを見守っています。背景には緑豊かな木々と青空が広がり、牧歌的な風景が広がっています。

ティツィアーノは、ジョヴァンニ・ベッリーニやジョルジョーネと同様に、宗教的な主題を自然豊かな風景の中に描いていますが、本作は新約聖書の特定の場面を描いているわけではなく、依頼者の個人的な信仰に合わせて、キリストの生涯から要素を組み合わせたと推測されています。例えば、中景の羊飼いは「ルカによる福音書」に登場する羊飼いへの告知を暗示していますが、洗礼者ヨハネの存在はエジプトへの逃避途上の休息を連想させます。しかし、その場面で通常描かれる聖ヨセフの姿はありません。

特筆すべき点として、聖母の衣装が伝統的な赤と青ではなく、青一色で描かれていることが挙げられます。これは、背景の青空との調和を考慮した結果であると考えられます。また、キリストを抱いている女性は腕が描かれていないため、どのように支えているかは不明確です。この女性は、寄進者またはアレクサンドリアの聖カタリナなどの聖人であると推測されていますが、聖人であることを示すアトリビュートは描かれていません。

ナショナル・ギャラリー所蔵の本作は、複数のヴァリアントの中で最も初期のものであり、ティツィアーノの工房による複製制作の初期の例とされています。署名と1533年の日付は修復によって失われていますが、ティツィアーノ自身によるものではない可能性があります。作品の保存状態は、一部を除いて非常に良好です。

この作品は、1532年にアンドレア・オドニの邸宅でマルカントニオ・ミキエルによって確認された記録が残っています。その後、1603年に枢機卿ピエトロ・アルドブランディーニの財産目録に記録され、1860年にはナショナル・ギャラリーに購入されました。

また、フィレンツェのピッティ宮殿、フォートワースのキンベル美術館、そしてイギリスのロイヤル・コレクションにも、この作品のヴァリアントが所蔵されています。これらのヴァリアントは、聖母マリアのポーズなど共通の要素を持ちながらも、細部が異なっています。例えば、ピッティ宮殿版では女性の聖人が聖カタリナとして明確に描かれ、キンベル美術館版では洗礼者ヨハネの位置や聖母の衣装、背景の雰囲気が異なり、ロイヤル・コレクション版では洗礼者ヨハネと女性の聖人が省略され、トビトと天使が描かれています。

これらのバリエーションは、ティツィアーノの作品が当時から非常に人気があり、需要が高かったことを示唆しています。これらの作品群は、ティツィアーノの工房の制作プロセスや、当時の芸術市場の動向を知る上で貴重な資料となっています。

『アルドブランディーニの聖母』は、ティツィアーノの優れた技量と、宗教的なテーマを日常的な風景の中に織り込むという独特なスタイルを堪能できる作品です。その美しい色彩と構図、そして謎めいた要素が、見る者を魅了し続けています。

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