パウル・ザッハー

パウル・ザッハー：音楽界の偉大なパトロン

パウル・ザッハー（1906年4月28日 - 1999年5月26日）は、スイスのバーゼルに生まれ、指揮者、作曲家として活躍しました。しかし、彼が最も特筆されるのは、同時代の作曲家たちへの惜しみない支援を通じて、数々の重要な作品が世に送り出されるきっかけを作った、偉大なパトロンとしての側面です。

音楽家としての歩みと財政的基盤

ザッハーは、ワインガルトナーらに師事し音楽の基礎を築きました。1926年には、古典音楽から現代音楽まで幅広く演奏する「バーゼル室内管弦楽団」を設立し、その活動を通じて音楽家としての名声を確立します。彼の人生における大きな転機は、世界的製薬会社エフ・ホフマン・ラ・ロシュ社のオーナー未亡人との結婚でした。この結婚によって、ザッハーは莫大な富を手に入れ、それを音楽への支援に注ぎ込むことを決意します。

作曲家たちへの惜しみない支援

ザッハーの支援によって生まれた作品は枚挙にいとまがありません。中でも、ストラヴィンスキーの「弦楽のための協奏曲」（バーゼル協奏曲）、バルトークの「弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽」と「ディヴェルティメント」、オネゲルの交響曲第2番と第4番「バーゼルの喜び」は、彼のパトロネージュによって生まれた代表的な作品として知られています。これらの作品は、20世紀音楽の重要なレパートリーとして、今日でも世界中で演奏されています。

その他にも、ヒンデミット、ヘンツェ、エリオット・カーター、バートウィッスルなど、多くの作曲家がザッハーの支援を受けて作品を発表しました。ブーレーズの「メサージェスキス」は、ザッハーの70歳の誕生日を祝して献呈された作品です。また、日本においては、武満徹の「ユーカリプス」がザッハーの委嘱によって作曲され、オーレル・ニコレやハインツ・ホリガーによって初演されました。

古楽研究への貢献と教育活動

ザッハーは、単に現代音楽の支援者としてだけでなく、古楽研究の分野でも先駆的な役割を果たしました。彼は「バーゼル・スコラ・カントルム」を創設し、初期音楽や古楽器の研究を推進しました。バーゼル・スコラ・カントルムは後にバーゼル市立音楽アカデミーに発展し、ザッハーは校長として1969年までその発展に尽力しました。

その遺産

1970年には来日も果たしています。彼が設立した「パウル・ザッハー財団」は、現在博物館として一般公開されており、現代作曲家の自筆楽譜の収集で知られています。この財団は、音楽研究者にとって貴重な資料の宝庫となっており、ザッハーの音楽への情熱を今に伝えています。

トーマス・マンの小説「ファウスト博士」には、オットー・クレンペラーやエルネスト・アンセルメなどと共に、ザッハーが実名で登場します。これは、彼が当時の文化界に与えた影響の大きさを物語るエピソードと言えるでしょう。

パウル・ザッハーは、単なる音楽愛好家や資金提供者ではなく、作曲家たちの創造性を刺激し、20世紀の音楽史に大きな足跡を残した、真の音楽の擁護者でした。彼の功績は、これからも長く語り継がれることでしょう。

パウル・ザッハー財団

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