アンリ・バルビュス

アンリ・バルビュス：文学と社会変革に捧げた生涯

アンリ・バルビュス（1873年5月17日 - 1935年8月30日）は、フランスの作家、ジャーナリストであり、社会活動家として、反ファシズム、反戦、平和運動に尽力しました。自然主義や写実主義の作風で知られ、特に『地獄』やゴンクール賞を受賞した戦争小説『砲火』は、彼の作家としての地位を不動のものとしました。

生涯と背景

1873年、パリ郊外のアニエールで生まれたバルビュスは、普仏戦争とパリ・コミューン後の社会情勢の中で育ちました。同時代には、ロマン・ロラン、ポール・クローデル、アンドレ・ジッドなど、後のフランス文学を代表する作家たちがいました。彼の母は英国系で、バルビュスが幼い頃に亡くなっています。父は牧師になるための教育を受けましたが、ジャーナリスト、作家として活躍しました。

学業と初期の文学活動

バルビュスは、パリの名門コレージュ・ロランで学び、ソルボンヌ大学で文学の学位を取得しました。幼い頃から文学に親しみ、詩作を始めました。19歳の時に保守系新聞の詩のコンクールで受賞したことをきっかけに、象徴派の詩人たちと交流を深め、処女詩集『泣く女たち』を出版。ロマン派・象徴派的な作風で注目を集めました。1898年には、詩人カチュール・マンデスの娘エリヨンヌと結婚しました。

ジャーナリズムと小説家としての飛躍

1899年から1902年まで農務省の補佐官を務めた後、ジャーナリストとして活動。多くの新聞や雑誌に寄稿し、演劇評論や短編小説を発表しました。この時期の作品は短編集『我々他の者たち』などに収録されています。1908年には、自然主義小説『地獄』を発表。この作品は、パリの下宿を舞台に、人間の暗い情念をエロティシズムを交えて描き出し、大きな反響を呼びました。この作品は、エミール・ゾラ風の自然主義小説、あるいはユイスマンスやミルボー風のロマン・ノワールと評され、文壇から高い評価を得ました。

反戦・平和運動への傾倒

『地獄』での成功後、バルビュスは文壇の寵児として華やかな生活を送る一方で、人間の疎外や孤独、絶望に焦点を当てた作品を発表し続けました。これらの探求は、彼の反戦・平和運動への傾倒を深めることになります。彼は経済学者フレデリック・パシーと生理学者シャルル・リシェが主宰する反戦・平和運動にも参加し、平和主義、国際主義、社会主義への関心を高めていきました。

第一次世界大戦と『砲火』

第一次世界大戦が勃発すると、41歳で肺が弱かったバルビュスは、即座に志願して入隊しました。17ヶ月間の従軍経験をもとに、戦争の悲惨さを描いた小説『砲火』を執筆しました。この作品は、塹壕戦の悲惨さや兵士の生活をリアルに描き出し、ゴンクール賞を受賞しました。「塹壕のゾラ」とも呼ばれ、戦争を美化する風潮に一石を投じました。

大戦中には、レイモン・ルフェーヴル、ポール・ヴァイヤン＝クーチュリエとともに在郷軍人共和派協会を設立。退役軍人や戦争犠牲者のための活動を行い、反戦・平和運動を推進しました。

クラルテ運動と共産主義への傾倒

1919年、バルビュスは次の戦争小説『クラルテ（光明）』を発表し、知識人の国際反戦・平和運動「クラルテ」を結成。機関誌『クラルテ』を発行し、編集長を務めました。この運動は、資本主義を批判し、ボリシェヴィキを支持。コミンテルンへの加盟を呼びかけ、議論の場となりました。

当初は社会党のジャン・ロンゲを支持していたバルビュスでしたが、やがて共産党支持に転じ、1923年に入党。以降、作家としての活動と政治活動は密接に関わるものとなりました。『戦士のことば』、『刄をくわえて』などの著作で、自身の思想的立場を明確にしました。

クラルテ運動は、シュルレアリストとも連携し、反戦運動を推進しましたが、内部対立により1928年に終刊となりました。その後、バルビュスは総合雑誌『モンド（世界）』を創刊し、編集長を務めました。

国際的な反ファシズム運動

1926年から1929年まで、『リュマニテ』紙の文芸欄編集長を務める傍ら、国際革命作家同盟のフランス支部として設立された革命作家芸術家協会の活動に参加し、機関誌『コミューン』の編集委員を務めました。

バルビュスは、ファシズムに反対し、世界各国の運動に参加しました。サッコ・ヴァンゼッティ事件やムーニー事件での冤罪に反対する運動や、労働運動、独立運動を支援しました。また、イタリアやドイツのファシズムを批判し、国際的な反ファシズム運動を主導しました。

アムステルダム＝プレイエル運動

ロマン・ロランとともに「反ファシズム国際委員会」を設立し、「国際反戦会議」を招集。1932年には、アムステルダムで「反帝国主義戦争国際会議」を開催しました。この会議には、世界29カ国から2000人以上の知識人が参加。翌年にはパリで第2回会議が開催され、アムステルダム＝プレイエル運動として知られるようになりました。この運動は、反ファシズム知識人監視委員会や文化擁護国際作家会議にもつながり、人民戦線の結成にも影響を与えました。

死と遺産

1935年8月30日、モスクワ滞在中に急性肺炎のため62歳で死去。バルビュスの葬儀には、多くの人々が参列し、彼の死を悼みました。彼の著作は、社会の不条理や人間の苦悩を描き出し、プロレタリア文学の先駆けとしても評価されています。また、彼の国際的な平和運動や反ファシズム運動は、後の世代に大きな影響を与え続けています。

もう一度検索