アースバウンド

『アースバウンド』は、1972年 6月9日にリリースされたイギリスのプログレッシブ・ロックバンド、キング・クリムゾンの通算5作目にあたるアルバムであり、バンドにとって初めての公式ライブ作品です。

背景

キング・クリムゾンは1969年のデビューアルバム『クリムゾン・キングの宮殿』で大きな成功を収めましたが、その後のアメリカツアー中にオリジナルメンバーの多くが脱退するという事態に直面しました。中心人物であるギタリストのロバート・フリップと作詞家のピート・シンフィールドは、残されたわずかなメンバーやゲストミュージシャンの協力を得て、セカンドアルバム『ポセイドンのめざめ』（1970年）、サードアルバム『リザード』（1970年）を制作しました。

ライブでの演奏が生み出すエネルギーを重視していたフリップは、新たなメンバーを迎え入れて再びステージに立つことを試みます。サックスやフルートを担当するメル・コリンズ、リードボーカルとベースのゴードン・ハスケル、ドラムスのアンドリュー・マカロックが加入しますが、『リザード』発表直後のリハーサル中にハスケル、続いてマカロックが相次いで脱退。バンドは再び危機に瀕します。

フリップ、シンフィールド、コリンズは、ドラマーのイアン・ウォーレス、ボーカリストのボズ・バレルを新メンバーに迎えます。しかし、予定していたベーシストがリハーサル直前に参加を辞退したため、再びベーシスト不在となります。窮地に立たされたフリップは、ギター経験のあるバレルにベースを兼任させるというアイデアを思いつき、フリップとウォーレスが協力して彼にベースギターを教え込みました。こうして、フリップ（ギター、メロトロン）、バレル（ボーカル、ベース）、コリンズ（サックス、フルート、メロトロン）、ウォーレス（ドラムス）、そしてPAエンジニア兼サウンドアドバイザーとしてシンフィールドという布陣で、1971年春から本格的なライブ活動を開始しました。彼らはヨーロッパやイギリス国内でのツアーを経て、同年秋にはアメリカおよびカナダを巡るツアーを敢行します。ライブ活動と並行して、スタジオアルバム『アイランズ』を完成させますが、そのリリースから間もない1971年12月、フリップと対立したシンフィールドが解雇されました。

シンフィールド脱退後、残った4人（フリップ、コリンズ、バレル、ウォーレス）は、音楽的な方向性の違いからバンドとしての一体感を維持することが困難になりました。特に、構築的な音楽を目指すフリップと、R&Bなどの影響を受け、より感情的な即興演奏を志向するコリンズ、バレル、ウォーレスの間には大きな隔たりが生じていました。1972年の年明けに新作のためのリハーサルを行った際、この対立は決定的なものとなり、バンドの解散が決定しました。しかし、契約履行のために彼らは予定されていたアメリカツアーを続行し、1972年4月1日の公演をもってこのラインナップでの活動を終了しました。その後、コリンズ、バレル、ウォーレスの3人はアメリカに残り、アレクシス・コーナーと共に新たなバンド「スネイプ」を結成します。一方、イギリスに戻ったフリップは、キング・クリムゾンの次なるメンバー探しに着手すると同時に、契約上の義務を果たすため、この解散ツアーの音源を編集し、本作を完成させました。

内容

本作に収録されているのは、バンドが解散を決定した後の1972年のアメリカツアーにおける演奏です。当時の録音技術や環境（主にカセットレコーダーが使用されたとされる）の影響により、その音質は非常に劣悪であることで知られています。しかし、その荒々しい音像の中にこそ、当時のバンドの内実、特にフリップと他の3人との音楽的なズレや緊張感が鮮明に記録されています。フリップが追求する精緻な構築美や複雑なインプロヴィゼーションに対し、バレルとウォーレスのリズム隊を中心とした3人の演奏は、より奔放でR&B的なグルーヴや即興性を強く押し出したものでした。この相容れない要素がぶつかり合う様子が、劣悪な音質ともあいまって、本作独特の生々しくドキュメンタリー的な雰囲気を醸し出しています。

フリップ自身は、このアルバムが当時のメンバーとの険悪な関係を想起させるため、長年にわたり本作を好んでいませんでした。しかし、この音源を編集し、他のメンバーの反対を押し切ってリリースを強行したのは、皮肉にも彼自身でした。

イギリスでは、所属レーベルのアイランド・レコードから1972年6月に廉価盤シリーズ「HELP」の一つとして発売されました。一方、アメリカのアトランティック・レコードは、その劣悪な音質を理由に本作の発売を拒否しました。

フリップは長らく本作のCD化に難色を示していましたが、2002年になって「30th Anniversary Edition」として初めてCDリリースが実現しました。さらに、2017年11月には「40th Anniversary Edition」として、収録曲を追加し、高音質フォーマットやボーナス音源を収録したCD+DVDセットが発売されました。この時期には、同じ1970年から1972年までのライブ音源を多数収めた大規模なボックスセット「Sailors' Tales (1970–1972)」もリリースされており、本作の音源をより広い文脈で聴くことが可能になっています。

収録曲・録音データ

サイド1
1. 21世紀のスキッツォイド・マン - "21st Century Schizoid Man" (including "Mirrors")
作曲: フリップ, マイケル・ジャイルズ, グレッグ・レイク, イアン・マクドナルド, ピーター・シンフィールド
録音: 1972年2月11日 / デラウェア州ウィルミントン
2. ピオリア - "Peoria"
作曲: ボズ・バレル, メル・コリンズ, フリップ, イアン・ウォーレス
録音: 1972年3月10日 / イリノイ州ピオリア
3. 船乗りの話 - "Sailor's Tale" (instrumental)
作曲: フリップ
録音: 1972年2月26日 / フロリダ州ジャクソンビル

サイド2
1. アースバウンド - "Earthbound" (instrumental)
作曲: ボズ・バレル, メル・コリンズ, フリップ, イアン・ウォーレス
録音: 1972年2月27日 / フロリダ州オーランド
2. グルーン - "Groon" (instrumental)
作曲: フリップ
録音: 1972年2月11日 / デラウェア州ウィルミントン

メンバー

ロバート・フリップ – エレクトリック・ギター
メル・コリンズ – サックス、メロトロン
ボズ – ベース、リード・ヴォーカル
イアン・ウォーレス – ドラム
* ハンター・マクドナルド – VCS3、エンジニアリング (40周年盤の記載ではメンバーに含まれない場合がありますが、当時のクレジットに準じます)

『アースバウンド』は、キング・クリムゾンというバンドの変遷期における困難と、メンバー間の音楽的葛藤が生々しく記録された、他に類を見ないライブアルバムと言えるでしょう。単なる演奏記録としてだけでなく、特定の時代のバンドのドキュメントとしても重要な意味を持つ作品です。

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